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週刊READING LIFE vol,98

新たな自分と出会えるチャンスを楽しもう《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》


記事:今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「どうしよう」
私は真剣に悩んでいた。
もうかれこれ2日間、この状態だった。
何度も書いてみては、確認する。
また、駄目だ。
ぴったりとくるものが、なかなか見つからない。
その内、コピー用紙の裏側は、私の落書きで真っ黒になった。
 
私は、今年に入ってから天狼院書店のライティング・ゼミで、文章を書くことを学び始めた。
興味はあったものの、全くの初心者である私は、毎週1回提出する課題も手探りで書いていた。
テーマは自由であったため、その時々の想いや過去の出来事、印象に残っているエピソードなど、ライティング・ゼミで学んだことを活かしながら、四苦八苦して書き上げた。
全16回の課題は、つい先日、最後の記事を投稿して終了した。
課題を1度も休むことなく投稿することを心に決めていた私は、何とかクリアすることができてホッとした。
書くことの面白さに目覚めた私は、今度はREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に所属し、この記事を書いている。
 
ライターズ倶楽部では、毎回の課題にテーマが与えられる。
今度は、自由なテーマというわけにはいかない。
波乱万丈の人生で様々なエピソードに事欠かない人であれば、毎回のテーマに悩むことも少ないだろう。
 
何について書こうか。
 
私が思いついたエピソードは、前職にまつわることだった。
私は以前、役所勤めをしていた。
そこに訪れた人たちとのエピソードは、数限りなくある。
だが、役所は個人情報の漏洩に対して特に厳しいところである。
守秘義務があるため、おいそれと個人が特定できるような話をするわけにもいかない。
今まで実名で記事を書いていた私は、モヤモヤするものを感じていた。
書きたいのに、思い切って書けない。
もちろん、個人名を出すつもりはないし、特定できる情報をさらすつもりはない。
誰が見ても、この話があの人のエピソードだと分かることもないだろう。
私は、正直なことを言うと実名で書いても構わない。
家族や仲の良い友人たちに、私の記事が読まれることは別に何とも思わない。
筆者と何の関係もない人たちは、言うまでもない。
むしろ、読んでいただいて有り難い。
一番厄介なのは、私のことを知っていて、そんなに深い付き合いがない人に読まれたときである。
私であることが分からなければ幸いだが、もし私という人間が書いたものだと知られたとき、その内容で誰のことを書いているか分かる人に見られるのが嫌なのだ。
私が書いてしまったエピソードで、誰かを特定される可能性。
それは限りなく低いかもしれない。
だが、元公務員である私は、個人情報の漏洩に関しては敏感なところがある。
モヤモヤの元は、私のせいで嫌な思いをする人がいるかもしれない可能性を拭いきれないところにあった。
 
書きたい、でもためらいがある。
そうやって幾日か過ごした。
この記事は、別のことを書いた方がいいかもしれない。
何度か自問自答した。
これから先も、こんな気持ちになるかもしれないな。
そう思いながら、ライティング・ゼミで同じ時期に受講していた人たちの記事を読んでいたとき、私はあることに気づいた。
案外、ペンネームを使って書いている人が多いことに。

そうか、この手があった!
ライティング・ゼミを始めたときに、講師の先生から実名で書く方をお勧めすると聞いていたので、私は何の疑いもなくそうしていた。
実名で書く方が、書いたものに責任を負う覚悟ができるのかもしれない。
ライティング・ゼミでは、受講生のみんなが真剣に課題に取り組んでいた
ペンネームを使用しているからと言って、書いたものに対しての責任や熱意が、実名で書いたものより劣るとは思えなかった。
顔が見えないことを隠れ蓑にして、SNSで無責任に好き勝手なことを言うような輩もいる。
そういうものとは、訳が違うのだ。
ペンネームには、実名で書けない理由があったり、書くことへ気持ちを切り替えるスイッチを入れたり、本名とは違う別人格と思い込んで、いつもとは違う視点で書くことができるという効果もあるようだ。
 
それならば、私も生まれて初めてペンネームなるものを付けてみようと思い立った。
キラキラネームは、私的に恥ずかしい。
あまりに凝った名前だと、読み方で苦労しそうだ。
以前教育委員会に勤務していたとき、新1年生のフリガナのない名簿を見て、頭を抱えた記憶がある。
好きな字を組み合わせて作ってみたら?
好きな読み仮名、響きで作ってみたら?
考えていると、楽しくなってきた。
まるで、生まれてくる子供の名前を考えているときのようだ。
未来に向かったパステルカラーの日差しの中、自分の想いや期待をのせて。
 
いやいや。子どもの名づけじゃないから。
自分のペンネーム、だから。
楽しく夢想するのもいいが、あんまり夢見がちな名前も何だか照れくさい。
 
実際、どのように付けたとしても正解などないし、自分が納得するものであれば、どのようなものでも良いのだ。
 
頭を悩ませていると、名前について、結婚以来くすぶっていた想いがひょっこり顔を出してきた。
結婚後の私の本名は、姓名判断でいうところの画数が悪い。
旧姓での名前は、素晴らしく画数が良かった。それというのも、私の両親が姓名判断で名づけをしていたからだ。
ところが、夫と結婚して、ふと姓名判断のサイトを見ていたら、私の画数はあまり芳しくないことが分かった。
専門家に見てもらったのではないから、ひょっとしたらそんなに悪い運でもないのかもしれない。
縁起をかつぐわけではないが、何だか心に引っかかっていた。
姓名判断が全てではないかも知れないが、良いに越したことはない。
 
せっかくのペンネーム。
自分で付けることができるのなら、本名よりも画数が良いものを選びたくなった。
そこで、冒頭の試行錯誤である。
2日間、記事を書くことをそっちのけで、私は姓名判断の沼に浸かっていた。
何とか、納得できる候補を3つくらい絞った。
最後は、娘にどれがいい?と尋ねた。
そこで、私の現在のペンネームが決定した。
読みやすく、本名かなと思われる位の奇をてらったものでないもの。
大袈裟な名前ではないところが、私にはしっくり来た。
この名前で、どんな記事を書いていこう。
私の新たな人格が一つ備わった気がした。
舞台役者が役名という仮面を被って演じ切るが如く、ペンネームを持った私も何か新たなモノを生み出せたら面白いと思う。
 
環境や立場が、人の一面をつくることもある。
私は、小学校や中学校で、毎年クラス委員をしていた。
学期ごとに交代するクラス委員だったが、どこかの学期で務める羽目になった。
やっていて面倒なことを押し付けられることもあったが、クラスのみんなに頼られる感じは嫌ではなかった。
 
部活では、部長を務めた。
後輩や、たまには後輩のお母さんからも相談を受けた。
私はしっかり者でなければ、ならない。
いつの間にか、よそ目には、動じない、しっかり者のイメージがあったようだ。
 
私はそのイメージを壊したくなかった。
ちょっと窮屈だが、みんなの想像通りの人間であろうとしていた。
その方が、みんなの期待に応えられるから。
その方が、みんなに受け入れてもらえるから。
 
知らず知らずのうちに、自分が、と言うよりは、他人から見て、の自分に重きを置くようになっていたのかもしれない。
自分が許容されやすい方向に、自分の存在を寄せていく。
本来の自分とは違う仮面をかぶって、本音を隠して他人が望む受け答えをする。
それは、まるで人生という舞台で、自分でない誰かを演じているようだった。
自分の承認欲求と引き換えに、他人の望む自分であり続けようとしたのだ。
 
嫌々被らざるを得なかった仮面。
自分ではそう思っていた。
だが、そんな仮面を被ることをやめなかったのは、そういう風に見える自分も嫌いではなかったからに違いない。
 
そんな私が、逆に仮面を被ることの面白さに気づいたことがあった。
大学時代、友人たちと入ったサークルは、ESSだった。
英語関連の学部にいるから、というのは表向きの理由だった。
なんでも学園祭で英語劇を上演するらしい。
白状すると、私はサークル勧誘の時に見た、有名ミュージカル映画のワンシーンを先輩が歌い踊っているのに引かれて入部しようと思った。
みんなには、言えなかったけれど。
 
私の役は、おじさんの幽霊役だった。
なんだ、ミュージカル映画じゃないんだ。
学園祭での演目が発表されたとき、正直がっかりしたのを覚えている。
でも、イギリス人で元舞台俳優だった顧問の先生が、
「これは面白い役だよ」
そう言ってくれたから、真剣に取り組んだ。
おじさん幽霊の、幽霊になった経緯。
あの世に行ってからの後悔。改心に至るまでの心情。
性別も年代も国籍も違う私は、想像するしかなかったけれど。
でも、楽しかったのだ。
それが、観客から見てどう映るのかを考えてみた。
人が見てどのように感じてくれるのか。
ちょっとした表現の違いを試したり、声のトーンを変えてみたり。
この方が観客の気持ちを引きつけられるのでは?
顧問の先生に相談し、試行錯誤しながら作り上げていった。
 
意外なところで、この経験が役に立った。
社会人となり、初めは販売職についた。
毎日、様々なお客様に応対する。
話しているうちに、このお客様はこういう話し方をした方が話が弾む。
あのお客様は、こういう接し方をしたほうが好まれる。
観察力と想像力を総動員することで、接客のスキルが身についていった。
もちろん、私の想像力不足のせいで、怒られることもあった。
でもそれは、仕方ない。
私の手持ちの札を増やしていく以外に方法がない。
 
次に役所の仕事に就いたとき、私は壁にぶち当たった。
今度は、私が「役所の人だから」というフィルターで見られることが多くなったからだ。
目に見えない鳥かごに囲われている感じがした。
役所の人として、信頼してもらえるのは嬉しい。
だが、それは「役所」という機関に対する信頼であって、私個人に対するものではない。
ましてや、「役所の人」が間違いを起こせば、ものすごく叩かれるのは目に見えている。
これは、困った。
「役所の人」として、信頼に足る人間にならなければならない。
妙なプレッシャーが、私を支配した。
学生時代、クラス委員になったときと似た感覚だ。
販売職で、応対には慣れていた。
今度はそれにプラスして、相談に来られる住民の方に信頼をしてもらわなければならない。
そうでなければ、本音を見せてもらえないからだ。
逃げたくなるような話や、目を背けたい話もあった。
どうしてこんなことをしているのかと思う時もあった。
でも、逃げるわけにはいかなかった。
 
安心して話してもらうために、落ち着いた顔で話を聞く。
どんな話であろうが、肯定的に話を聞く。
聞いているフリかと言われれば、初めのうちはそうだったかもしれない。
どう接すればいいかの方に、意識が行きがちだったかもしれない。
だがそうしているうちに、その姿勢が私のスタンダードになった。
落ち着いて、真剣に話を聞くという人という仮面が自分のものになった時、私の手札が一つ増えた気がした。
環境や立場に適応して、その結果自分に別の一面が追加されることもあるのだ。
 
仮面と言うと、仮の姿、本当の姿ではないような気がして、あまり良い意味では捉えられないことが多いと思う。
だが、仮面ライダーは、仮面を被って悪に立ち向かう。
仮の姿で、人々を救う。
そう思えば、人に素顔を晒さないことも悪いことばかりではない。
全方位あけすけに見えている人は、分かりすぎて魅力を感じないかも知れない。
ちょっとミステリアスな方が、気になってしまうこともある。
多面性があった方が、より魅力的ではないだろうか。
 
思いがけず被ることになった仮面、または自分から被った仮面。
どちらも自分自身であることに変わりはない。
どの角度から見るか、どの人が見るかで見え方が違う。
自分の素顔の上に、時としてこの仮面を被ったり、あの仮面を被ったり。
どれもが私の一部分。時には使い分けも必要だ。
生きていく上で、必要な処世術かもしれない。
仮面は素顔を隠すものでもあるが、新たな自分に出会える機会でもある。
また新たな一面を加えることがあるかもしれない。
そのときは、ペンネームで新たな人格が増えると思えたように、新たな仮面の可能性を楽しみたいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県出身。
2019年に20年以上の公務員生活に幕を下ろし、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。
ライティング力向上を目指すため、同年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
自分に言い聞かせている言葉は、「平常心」「年齢は記号」。

この記事は、人生を変える天狼院「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」をご受講の方が書きました。 ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2020-10-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol,98

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