私はデキる(つもりの)スーパーウーマン《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
「省エネ大賞の経済産業大臣賞を受賞しました!」
それまで所属していた部門を異動してから2年になろうとする頃のこと、おめでたいニュースが飛び込んできた。
「わぁ、すごい。良かったですね。おめでとうございます!」とメールを返信しながら、一方で複雑な気持ちを抱いていた。
「その活動、種を蒔いたのは私なんだけどな。生産部門に協力をとりつけながら進めてきて、成果が出てきたところだったんだよな……」
私が工場の省エネルギー活動を引っ張ってきた当時も、それまでの活動成果をまとめて省エネ大賞に応募したことがある。当時、実務を頑張った部下に晴れ舞台を作ってあげたい気持ちもあった。
プレゼン資料の作成には自信の有った私は、部下に事細かに指示をして活動発表資料を作り上げた。いい線いくんじゃないかと思っていたが、結果は残念ながら受賞には至らなかった。
会社のホームページには受賞報告が大きく紹介されていた。そこに掲載された皆の嬉しそうな写真を見ながら、自分には成し遂げられなかった悔しさを感じて、かつての仲間達の成果を心の底から素直には喜べなかった。
なぜかいつもこうなんだ。
自分で言うのも何だけど、人から頼まれた仕事は責任をもってやるから信頼されていたし、「断れないタイプ」なので引き受ける。だから周りからのウケは良かったと思う。
でも、元々は言われてやる仕事は好きじゃない。自分で仕事を作っていくタイプだ。
だから、「こうしたらいいのに」、「こんな事をしてみると面白いかも」と思いつくと、やってみたくなる。そして、案を作って実際にやってみる。上司の許可が必要なことは、事前に相談するけれど、ほとんどの場合は自由にやらせてくれた。
思いついてから完成させるまで、自分一人でできることなら成果が出た。他に色んな業務を抱えているうえに、新しい仕事が加わるから更に忙しくなる。でも、やりたいことをやっていると、楽しいから疲れない。そんなわけで、「いつも忙しそうだね。頑張ってるね」と言われることが多かった。
けれども、自分一人じゃできないことを思いついた時は、そう簡単ではなかった。最初は勢いがあったのに、結局中途半端に終わってしまうことが多かった。
「あの時もそうだったな」
ものすごくやりたかったことなのに、結局成し遂げられなかったことを思い出していた。
それは10年程前、ちょうど生物多様性の保全がクローズアップされてきた時期のことだ。工場の敷地内で放置されていた緑地帯を、ちゃんと整備したらどうかと思いついた。
世の中の動向、会社の方針、今の課題……。それらを整理して、アイディアを1枚の紙にまとめると、部長に説明した。
「部長、この緑地帯は、工場造成時に元々そこに生えていた植物をわざわざ植え直した場所なんです。自然の湧き水を利用した小川も作ってあるんです。でも今全然生かされていないんです。草はボーボー、足を踏み入れることもできないじゃないですか。ここを整備して、地域の人達と交流できる場にしたいです」
「そうか。いいんじゃないか」
「整備する時には、専門家の協力が必要なので、予算が必要なんです」
「それなら、関係部署にも合議をとって、経営幹部にも承認をもらわないとな」
そうして、社内の承認をもらった後、専門家にお願いして、緑地帯に生えている植物や確認できた生物種をまとめてもらったり、遊歩道などの整備についての指導を受けたりした。
この場所を、社員の憩いの場、環境教育の場、そして、地域の人達と気軽に交流できるような「縁側」みたいな場所にするぞ! と私は意気込んでいた。
でも、草ボーボーの状態を一人で何とかすることはできない。整備をするのも大変だ。コスト削減がうるさく言われているから外注も難しい。自分達でやるしかないけれど、そんな「本来業務」じゃない仕事は頼みにくい。ただでさえ、皆忙しいのに。
結局、業務改善を目的としたグループ活動の中で取り組むことにして、整備をしていくことにした。その後、新しく異動してきた部門長が乗り気になってくれたおかげで、整備は一気に進むことになった。と同時に、段々とこの仕事は私の手から離れていった。
結局、整備が進んで、これから色々活用できそうという時期に、私は異動して中国に来たのだ。今では整備した緑地帯を生かして、地域の川に生息している希少種を保護する活動を地域の人達と一緒に始めたらしい。最初に私が思い描いた姿になっている。
とっかかりを作って始める勢いはあるのに、人を巻き込めないから推進力が無い。自分の弱い所だと自覚していた。
だけど、こうして自分が抜けた後に色んな事が実現して、成果が出ているのを目の当たりにすると、何だか複雑な気分だ。
「私が抜けた後、色んな業務が回らなくなる」などとは思わなかったけれど、「どうなるのかな、大丈夫かな」と思うことはいくつか有った。
でも、そんな心配は全く無用だった。
むしろ、私が居なくなった方が部門の成果が出ているじゃないか。
あちゃー、私が居た頃は、私自身の成果にはなっていたけど、部門の成果には繋がっていなかったんだ。完全な個人プレーだったんだ。なのに、自分ではデキてるつもり。
色んなスキルを身につけてきたのも、裏返せば自信の無さを補うためだったかもしれない。
バリバリ働くスーパーウーマンみたいなフリをしていたけど、本当は違う。一人じゃ小さなことしかできないし、チームに貢献できない痛い人だったのだ。
で、今は? 中国に来ても同じ事してないか?
してるしてる。自分の思いだけで突っ走ってる。このままでは、また同じ事の繰り返しだ。
そう思って振り返ってみると、一人の中国人部下の顔が浮かんだ。次を担うリーダークラスの若者で、上司からは彼をサポートして育てて欲しいと言われていた部下だ。
以前は色んなことを聞きに来てくれて、良い関係を築けていたのに、ここ最近は何となくギクシャクしていた。別に何か不満を言われたわけではないけれど、以前と比べて距離感を感じていた。必要な報告も上がってこなかった。
一つ思い当たるフシがあった。
新しい工場を作ることになって、今よりもっといい工場を作りたいと思った私は、色んな提案を作って、上司に相談してグイグイ進めてきたが、部下にはあまり相談をしなかった。あらかた方針が決まって、「こうするよ」と伝えるだけのことが多かった。
「中国人は失敗した時の責任を取りたくないから、自分から提案をしない」という思い込みもあった。でも本当は違っていたのだ。彼らだって、いい工場を作りたいと思って、沢山の提案を持っていたのだ。
それを吸い上げずに自分一人で突っ走っていたわけだ。
そりゃ面白くないよな。
「いい工場を作りたい」って、私個人のビジョンじゃない。組織の皆のビジョンじゃないか。だったら、私一人が突っ走るのではなく、ちゃんと皆で共有しなくちゃいけないんじゃないか。そうしないと、また独りよがりの中途半端な結果に終わってしまうぞ。
翌日、私は温めていた一つのアイディアを、その中国人部下に伝えてみた。
「この排気ダクト、こういう感じにしてみたらコストも減らせると思うんだけど、どう思う?」
「あ、確かにそうですね。無駄を減らせそうですね」
「うん、でも技術部門にもお願いして、装置側で協力してもらわないといけないんだよね。その仕事、お願いできるかな?」
「もちろんです」
そう言うと、急に明るい表情になった彼は、早速自分の部下にも指示を出して、具体的な動きにかかった。そして、私の案よりもずっといい案にして結果を出してくれた。
あら、人に頼んだ方が早く、いいものができるじゃん。しかも、頼んでも嫌がられなかったし……。なんだ、それでいいんだと思うと、急に肩から大きな荷物を下ろしたような気分がした。
それからは、私が思いついたことは、やり出す前に必ず上司や関係者に相談をした。中国人の上司は采配上手で、私の提案を受入れるとすぐに関係する部下を呼んで、事情を説明し、私に協力するように指示をしてくれた。
そんなことも手伝って、私は段々とチームの一員であることを感じるようになった。仕事は皆で分担し、私は私にできることで貢献することに集中した。例えば、横の連絡が弱い中国の仕事の仕方を踏まえて、抜け漏れが無いように自分が横糸になって連携するとか、経験の浅い社員と一緒に現場に行って、改善を指導するといった仕事だ。
そんな風に仕事への向き合い方を変えて、遂にプロジェクトが成功した時は、自分一人で成し遂げるよりも、もっと大きな達成感と喜びがあった。そして、色んな仕事を振った部下達からは、「ありがとう」と言ってもらえた。
仕事を振って感謝されてしまうなんて、何だか不思議な気分だ。人に頼んで負担を増やさないように気を使ったつもりで、自分一人で仕事を進めて成果をあげたとしても、誰にも感謝されなかった。それなのに、人に頼んだら嫌がられるどころか、どんどん協力してもらえて、最後に感謝までしてもらえるなんて、思いもよらなかった。
なーんだ、デキるつもりの仮面をつけて、ひたすらゴリゴリ頑張る自分じゃなくていいんだ。できないことも含めて、素の自分で素直に人に頼った方が、結局大きな成果になるし、そのことで自分も周りもハッピーになるんだな。
昔の自分に教えてあげたい。
そして今はまた、会社という組織を離れ、個人事業主となり、自分のアイディアを形にして実現していくまで、自分一人で頑張らなきゃと思ってしまっていた。でもやっぱりそうじゃない。
デキるつもりの仮面なんて取っ払って、素直にヘルプミーを出せばよい。そして、私自身も誰かのヘルプに応える。自分の夢を他の誰かと共有し、できないことは素直に助けを求めれば、必ず応援してくれる人が現れる。そうして自分の夢が皆の夢になっていくのだ。
デキるつもりの痛い昔の自分が、今また私にそのことを教えてくれている。
□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
愛知県出身。
2019年末に20年以上の会社員生活に終止符を打ち、2020年に独立。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。
もともと発信することは好きではなかったが、ライティング・ゼミ受講をきっかけに、記事を書いて発信することにハマる。今までは自分の書きたいことを書いてきたが、今後は、テーマに沿って自分の切り口で書くことで、ライターズ・アイを養いたいと考えている。
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