福岡醤油のあまーいお話。

【福岡醤油のあまーいお話。】探索02.歴史の刻まれた店舗で生まれる、古くて新しいお醤油《大久醤油株式会社》


2021/10/25/公開
記事:中川 文香(READING LIFE公認ライター)
 
 
福岡の醤油は甘い。
なぜ九州・福岡の醤油は甘くなったのか、ということについては探索01で探ってきた。その理由としては、大きく三つが挙げられる。
一つは、九州・福岡は温暖な気候であることから、体を冷やす効果のある砂糖を採り入れた甘い味付けが好まれ、醤油にも甘い味付けがされていったということ。
そしてもう一つ、その砂糖が古くから手に入りやすい土地だったということ。日本が鎖国体制にある中でも長崎の出島ではヨーロッパとの貿易が行われ、砂糖が持ち込まれていた。そのため、周辺地域では比較的手に入りやすかったと言える。
最後に、九州には豊かな漁場が数多く存在していた、ということだ。魚体も大きく脂の乗った魚が多く獲れる九州では、魚の脂に負けないように醤油に甘味・とろみが付けられていった。
 
こういった様々な理由から甘くなっていった九州・福岡の醤油だが、調べていくと醤油それ自体にも興味深い特徴が見つかった。
一般的な濃口醤油は “五原味ごげんみ” という味のバランスが整った唯一の調味料であり、人間が嗅ぎ分けできないほどの300種類以上の香り成分が含まれている。そして、 “アミノ酸” という健康・美容に一役買ってくれる成分を多く含んでいるなど、たくさんの魅力が詰まった調味料であることが分かった。
 
それでは、この優れた調味料はいったいどのようにして作られているのだろうか? ここからは、福岡県内のお醤油屋さんへのインタビューを通し、奥深いお醤油の世界にさらに一歩足を踏み込んでいく。

 

 

 


 
今回は『大久醤油だいきゅうしょうゆ』の工藤一平くどういっぺいさんにお話を伺った。
博多駅から車で10数分、福岡市のお隣である糟屋郡かすやぐん粕屋町かすやまちにあるお醤油屋さんだ。
 

 

大久醤油は創業明治30年、今年で124年目の “まちのお醤油屋さん” です。
創業当時と同じ場所に店を構えており、内装こそ変わったりはしましたが建物も当時のままです。
“醤油蔵の黒壁” って有名なんですが、白い漆喰の壁に醤油麴の麹菌が付いてしまい、だんだんと黒くなっていくんですね。
古くからのお醤油屋さんに行くとこういった、建物に住みついた麹菌の黒い壁を見ることが出来ると思います。

 
歴史を感じさせる建物の中では100年以上変わらずお醤油が作り続けられてきた。しかし、その製法は時代と共に変わってきたようだ。
 

 

福岡には『福岡県醤油醸造協同組合』という組織があります。
これは今から55年前、昭和41年に福岡県内の中小のお醤油屋さんが協力し、出資して立ち上げられた組織で、県内のほとんどのお醤油屋さんが組合員となっています。
この組合では工場で “生揚げ醤油きあげしょうゆ” というものを作り、全組合員に配送します。
それぞれのお醤油屋さんは配送された生揚げ醤油に手を加え、さらに蔵独自の味を付けて製品にしているのです。

 
お醤油の主な原料は大豆・小麦・塩である。蒸した大豆と煎った小麦を混ぜたものに種麹たねこうじを加え、そこに塩水を加えて熟成・発酵させる。
さらに、その過程を経た後の “もろ味” という、まだ固形物の残るとろみのある液体を搾ったものが “生揚げ醤油” と呼ばれる醤油の素になるそうだ。
 

そんな風に、素となる生揚げ醤油は各お醤油屋さんに配送されますが、もちろん、お醤油屋さん独自の味付けはそれぞれの蔵で行います。
分配された生揚げ醤油の中ではまだ菌が生きていて、活動している状態です。それを “火入れ” という熱を加える作業を行って殺菌します。その時に独自の甘味を付けています。
また、それぞれの蔵にはその蔵独自の麹菌が住みついています。甘味の付け方によってもお醤油の味は変わりますが、その蔵に住んでいる麹菌の働きも、蔵特有の味につながっているのです。
うちのお醤油は「やさしい甘さ」と「低塩」が特徴だと思います。
普通の濃口醤油は塩分濃度が約16%なのですが、うちの “藤” というお醤油は塩分濃度13%以下となっています。これはJASの規格で定められた濃度をクリアしているので、「低塩」と表記しています。
ただ、低塩だと「塩気が足りない」と言ってかけ過ぎてしまう方もらっしゃるかもしれません。でも、うちのお醤油は、塩分濃度は低くてもちゃんと適度な塩気を感じる、優しい甘さのお醤油だと思います。

 

 
そう紹介して下さった “藤” は大久醤油さんのロングセラー商品だそうだ。 “藤” は、世代を超えて100年以上も地元の方に愛され続けてきた。
 

北部九州には炭鉱で栄えた町が多くあります。ここの付近にも炭田があり、うちはそこで働く方々のところへお醤油の配達を行っていました。炭鉱で働く人たちの多くは長屋に住んでいました。その中で、昔はある一軒が元締めになって醤油を何十本もまとめて購入し、皆そこに自分たちの分を買いに行く、という仕組みがあったようです。 “藤” はそうやって長い間使っていただいているお醤油なのです。
昔から使いつけられた醤油は根強く支持されており、やはり「これじゃないと」と思って下さるみたいですね。「ちょっと貰いものの醤油を使ったら『母ちゃん、醤油変えたやろ?』って息子から言われた」なんてこともお客様から聞いたりします。

 
大久醤油のある粕屋町のお隣、志免町には『旧志免鉱業所竪坑櫓きゅうしめこうぎょうしょたてこうやぐら』という国指定重要文化財がある。糟屋郡には炭田が分布しており、付近一帯はかつて、石炭で発展してきた。
 

今でも、お客様のお宅への配達はしています。
配達先のお宅に伺うと空の醤油瓶が外に置いてあって、それを回収して新しいお醤油の瓶を置いていく。
“通い帳” という帳面に「○月○日○本入れました。今、残りがこれだけあります」といったようなことを書いて、お盆や年末に伺ってまとめて半年とか一年分の支払いをしてもらう。
こういった仕組みは現在ではかなり減ってきていますが、福岡は残っている方だと思います。特に田舎の方に行くと、まだそのような仕組みを取っているお醤油屋さんもたくさんあります。

 
いわば “ツケ” のようなこういった取引が今でも行われている、ということに驚いた。
昔から続く配達方法が “お醤油屋さん” と “地域の住民” を長い間つなぎ、「うちのお醤油の味」は親から子へ、子から孫へと受け継がれる。 “藤” はそうやってずっと愛されてきたのだ。
 
長く地域の食卓に並んできた “藤” の他に、少し変わった商品も紹介していただいた。
 

塩粉しおこしょうゆ” という商品があります。
醤油も粉末に出来るというのを知って、「料理によく使う塩コショウと混ぜれば、醤油の旨味を一緒に味わうことの出来るものになるのではないか?」と思い、商品化しました。名前はダジャレですね(笑)
他にもドレッシングや、ポン酢など色々ありますが、今はやはり “手間いらず” というのが一つポイントとしてあると思います。「これさえあれば味が決まる」という調味料が重宝されますね。塩粉しょうゆもその一つです。
それからもうひとつ “しょうゆシャーベット” という商品も変わりダネですね。
文字通りお醤油味のミルクシャーベットです。

 


 
しょうゆシャーベットをいただいた。
液体のお醤油を想像しながら口に運んだが、それとは全く違うものだった。ミルクの甘さに加えて、ほんのりとお醤油そのものの甘さも感じられる。
“五原味” という味のバランスがとれたお醤油だからこそ、デザートに合わせても上手く溶け込むのだろう。
 
昔ながらの配達方法で地域の人々とお付き合いを続け、124年という長い間、愛されてきた “まちのお醤油屋さん” 。その製造方法や品質管理には新しい技術を採り入れながらも昔ながらの味を守り続け、地域の食卓の “いつもの味” をずっと支えてきた。
初めてお店を訪れた際、店内の畳の小上がりに腰かけてしょうゆシャーベットを頬張る私に、社長は気さくに話しかけて下さった。忙しそうに横を通っていく従業員の方々からも、笑顔と共に声をかけられた。よそ者にも優しい人情深い博多の商人ならではの気質が、工藤さんご一家から感じられる。
味はもちろんのことながら、そういったお人柄も大久醤油が長く愛されてきた秘訣の一つなのかもしれない。
 

 

 

 

さて、炭鉱町の次は、漁港にほど近いお醤油屋さんを尋ねてみよう。
次はどんなお醤油との出会いが待っているのだろうか?
 
 
 
 

【大久醤油株式会社】
http://daikyu-shoyu.net/index.html

□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)

鹿児島県出身、福岡県在住。天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。会社員時代に九州各地を出張してまわり、山と海に囲まれ育まれた各地の豊かな食文化に触れる。

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2021-10-20 | Posted in 福岡醤油のあまーいお話。

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