【福岡醤油のあまーいお話。】探索04.木桶仕込みの醤油は糸島の土地から生まれ、また返って行く《有限会社北伊醤油》
2021/11/29/公開
記事:中川 文香(READING LIFE公認ライター)
醤油づくりにはどれほどの時間がかかるのかご存じだろうか?
現在ではステンレスやプラスチック製のタンクで人工的に温度調整することが可能となり、早ければ3か月ほどで醤油が出来るのだという。
それでは、こういった手法が確立する前の、自然に任せた製造方法だとどのくらいの時間を必要としていたのだろうか?
日本の四季の温度変化の中で発酵・熟成を繰り返す昔ながらの製法を “天然醸造” と呼ぶそうだ。天然醸造の醤油を今も作り続ける醤油蔵、『北伊醤油』の山上弘司さんにお話を伺った。
北伊醤油は創業明治30年、創業当時から変わらず福岡県糸島市志摩船越のこの場所に蔵を構えています。
うちの一番の特徴は、天然醸造という製法で醤油を作っていることです。晩秋から冬に仕込みを行い、四季の移り変わりに合わせて自然の環境の下に出来上がる醤油です。この醤油は2年半~4年かけてつくるもので、その間にゆっくりと熟成が進みます。
今では木桶仕込みのお醤油屋さんはだいぶ減りましたが、私たちは今も木桶を使って仕込みを行っています。木桶にこだわる理由はその中に酵母菌が住み着くからなんです。木桶の中の酵母菌が時間をかけて活動し、風味に深みを与え、より芳醇なお醤油を作る手助けをして下さるのです。
醤油の香り漂う蔵の中にはいくつも木桶が並び、仕込んだ日付の札が下げられて静かに出来上がりの時を待っているようだ。
この木桶は、かつては様々な人の手を渡って使われるものだったそうだ。
昔は日本酒の酒蔵が新品の木桶を使い、使い終わった木桶を醤油屋さんがもらって使うという流れがあったようです。そして、醤油屋さんが使い終わったものを味噌屋さんに渡し、味噌屋さんが使った木桶を今度は漬物屋さんに渡してという流れの中でそれぞれ良い菌が付いていって、最後に旨味成分の詰まった美味しい漬物が出来るというサイクルがあったようなんですね。
うちの木桶も昔、酒屋さんから譲り受けたものを使っています。
木桶でじっくりと熟成された醤油もろみは、本醸造醤油という大豆・小麦・塩だけで作る甘味が少ない醤油になる。この本醸造醤油は糸島産の大豆を使い、蔵の付近に湧いている天然の湧水によって仕込まれたものだ。海に囲まれた土地だが、水質検査の結果、塩分の混ざらない上質な水だということが証明されている。熟成の途中で醸し出される香りを邪魔しないためにも、水の質というのも醤油づくりにとって大切な要素なのだそうだ。
天然醸造の醤油の他にも、九州によく見られる甘い味付けの醤油も作っているという。
加盟している福岡県醤油醸造協同組合から生揚げ醤油(醤油の素のようなもの)を配送してもらい、自家製のアミノ酸液を加えて甘味をつけたアミノ酸混合醤油も製造しています。
醤油にアミノ酸液を混ぜるようになった理由は諸説あるようなのですが、戦争前くらいからそのような風潮が出来たという説がひとつ、あるようです。醤油の原料である大豆は兵士の貴重なタンパク源だった。それで、九州、特に特攻基地のあった知覧など南の方は大豆の使用量を少しでも減らすためにアミノ酸液を本醸造の醤油に混ぜてアミノ酸混合醤油を作っていたそうです。混ぜ込むアミノ酸液自体も大豆由来のものではなくトウモロコシなど他の材料から作ったものを混ぜていたようですね。そういった流れでアミノ酸混合醤油が使われるようになって、その味に皆が慣れていったのではないでしょうか。アミノ酸液は旨味成分なので、やっぱり醤油の味は美味しく感じられたりもしますし。そんな理由で、南の方はアミノ酸混合醤油の割合が大きい、というのが一説として言われているようです。
昔はコスト削減や大豆の使用量を抑えるためにアミノ酸混合醤油を作っていたようだが、現在ではその土地の嗜好に合わせてアミノ酸液を加えた醤油が作られている。旨味と甘味の加えられた味が慣れ親しまれ、そちらの方がスタンダードになっていった、というのが九州の醤油が甘くなった理由の一つでもあるのだろう。
うちのロングセラーは “うまくち” というアミノ酸混合醤油です。ずっと売れ続けている、うちの中では甘味が少し強めの商品になります。口に入れた瞬間と言うよりも、後からほんのりとした甘さが追いかけてくる感じですかね。
一番味わって欲しいのはやはり、一から仕込んだ天然醸造の “純もろみしょうゆ” です。長い年月かけて熟成させた醤油のキレの良さ、香りの深さを是非味わっていただきたい。口の中に入れてパッと醤油の香りがするんですが、その後すっと無くなっていく。素材の味を引き立ててそっと醤油が消える、名黒子役を目指して作っています。
それから、一般流通はしていないのですが天然醸造の醤油のうち、火入れという作業をする前の生しょうゆをお客様に提供しているものも一部あります。酵母がまだ生きている状態で、温度が上がると発酵が進んでしまう為、要冷蔵です。お蕎麦屋さんなどこだわりを持っていらっしゃるお客様は生しょうゆを求めて来られる方がいらっしゃいます。
他に変わった商品として “しょうゆプリン” を紹介して下さった。糸島は牛乳や卵の生産も盛んだ。そんな糸島産の新鮮な食材と醤油を合わせ、素材の美味しさを活かした商品が何か作れないだろうか? と考えた末に生まれたのが “しょうゆプリン” なのだそうだ。
みたらし団子のタレのような、とろみのある濃厚なソースだけでなく、プリンそのものにも隠し味として醤油が入れられている。
プリンも、天然醸造の醤油もそうですが、出来るだけ糸島の食材を使った商品を作っていきたいという思いがありますね。農家さんをはじめとした一次産業がしっかりと根付いている土地ですし、私たちもここで暮らす中でどんな方々がどんな姿勢で大豆や小麦などの農産物を作っていらっしゃるのかが分かる。それなら目の前で作っていらっしゃるものを使わせていただいて醤油の仕込みをしたい、という心理が働くのだと思います。
また、この豊かな土地を先々まで守っていきたいという思いもあります。醤油づくりでは、発酵の進んだ “醤油もろみ” という、まだ固形物の残る状態のものからサラサラとした液体の醤油を搾り出します。その段階で搾りカスが出てしまうんですね。うちはアミノ酸液も自家製で作っているのでその製造段階で発生する搾りカスもあります。これをゴミとして廃棄するのではなく、地元の釣具屋さんに持って行って、撒き餌や魚釣り用の練り餌団子にして使ってもらっています。それから堆肥に混ぜてもらって、農家さんの肥料として畑に使ってもらっています。醤油そのものの製造工程で発生する廃棄物をゼロにして、循環型の仕組みになるようなサイクルを作りました。
コストをかけずに物をポンポン作って、不要なものはどんどん捨ててというのは簡単ですが、やはり回りまわって自分たちの首を絞めることに繋がるのではないかという気がして。土地も空気も汚れて農産物が採れなくなって、結局醤油も作れなくなって……みたいなことにならないように、出来るところから無駄を無くして行けたらいいなと思っています。
自然豊かで農家の方々とも近い関係だからこそ、地域の持続可能性に貢献する取り組みに目が向きやすくなるのかもしれない。その土地から採れたものを分けてもらって使い、余ったものを再び土地に返すという循環を上手く作り出すことが出来れば、ゴミも資源に生まれ変わってまた新しい恵みをもたらしてくれる。
最後に、福岡のお醤油の魅力について尋ねてみた。
福岡の醤油の魅力は、やはりアミノ酸混合醤油の優しい味わいだと思います。味もしっかり決まっているし、香りも良く旨味もある。
関東から来た方がよく「福岡の料理はおいしい」とおっしゃるのですが、福岡の料理の美味しさを陰で支えているのは醤油なんじゃないかと思うんです。焼き鳥もモツ鍋も、ラーメン・うどん、明太子にも醤油が使われている。パッと思いつく福岡の美味しいものって全部醤油が入っている。アミノ酸液を足すことで旨味の追加された醤油が、食材を美味しくしてくれる万能調味料の役割を果たしているんじゃないかと思いますね。
福岡のうまいもんは醤油が支えている。確かに言われてみればそうかもしれない。美味しいものを思い浮かべてみたら、その陰に醤油がそっと顔を覗かせている。
たとえ時間と手間がかかっても木桶仕込みの醤油を作り続け、さらに新たな取り組みとして廃棄物をリサイクルする仕組みも生み出してきた。糸島の恵みから作り出される醤油は、美味しさの追及をしつつも、これから先の未来に向けて豊かな土地を守っていくためのサイクルに組み込まれている。長い間その土地と向き合ってきた醤油づくりは、これからも地域の営みの一部として続いていくことだろう。
どこのお醤油屋さんからも、「微妙な味や香りの違いから『やっぱりここの醤油じゃないと、何かが物足りない』と言って下さるお客様がいらっしゃって、その方たちの為に私たちは日々変わらない味をお届けする努力をしている」という声が聞こえてくる。
福岡の美味しい料理は、福岡県の様々なお醤油屋さんの志によって支えられているのだ。
【有限会社北伊醤油】
http://www.kitaishoyu.com/index.html
□ライターズプロフィール
中川 文香(READING LIFE公認ライター)
鹿児島県出身、福岡県在住。天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。会社員時代に九州各地を出張してまわり、山と海に囲まれ育まれた各地の豊かな食文化に触れる。
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