タイムスリップ(READING LIFE)

最高の今を生きている《週刊READING LIFE「タイムスリップ」》


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/31/公開
記事:添田咲子(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
 
 
「行ってみたい!!」
私の想像していた以上に気が乗ったらしく、7歳の息子が目を輝かせた。
「お母さんの通った大学の学食、食べに行ってみる?」
と聞いてみたらその反応だったのだ。今の小学校は2学期制をとっており秋休みというものがある。世の中一般は平日の秋休み最後の月曜日、大学のキャンパスへ行ってみようと話がまとまった。
 
私の通った大学は、〝東京の田舎〟八王子・多摩地域にある。都心の大学と違ってキャンパスの周りはのどかな住宅街と山なので、ウン万人といる大学生の胃袋を満たすために大学内の学食がとても充実していた。安くてメニューが豊富で美味しい、という一番の大学自慢のネタだった。大学に行ってみるのはいつぶりだろう。息子が物心ついてから連れて行くのは初めてだ。しばらくぶりに訪れるその場所で、自分がどんなことを感じるのか、興味があった。
 
息子の手を引きながら私鉄の京王線高幡不動駅を降り、多摩都市モノレールに乗り換える。高幡不動で当時人生初めてのアルバイトをした焼肉屋は串カツ屋に変わっていたが駅前全体の雰囲気はあまり変わらない。駅ビルが整備され乗り継ぎのルートがずいぶんスムーズになったが、駅改札まで来ると当時のままだった。朝晩と何度となくこの改札を通った。ホームのベンチ、ドアが閉まる時の音やモノレール独特の走行音、車窓から見下ろす風景も当時と変わらない。車内は大学へと向かう学生たちで混みあっていた。自然と、大学時代に気持ちがタイムスリップする。
 
この時私がまず感じたこと。若かったころの〝キラキラ感〟〝わくわく感〟〝湧き上がるようなエネルギー〟では、なかった。
 
一言でいえば〝孤独感〟。

 

 

 

「そうだ、私はあの頃ずっと、寂しかった」

 

 

 

それを初めて自分の中で認めることができた、そんな気がした。
 
ふと隣を見ると、スマホのゲームに夢中な息子の姿があった。よかった、私は今〝ここ〟に居る。あの時の私ではないのだと、ほっとした気持ちになった。
 
大学のキャンパスに直結した駅に着くと、降りる学生・乗り込む学生でホームはごった返していた。改札を出ると、いつの間にかファミマから変わっていたセブンを通り過ぎてキャンパス内を歩く。こんなに若い子ばかりがいるところも特殊だな、と変に感心してしまう。当然ながら、行き交う学生たちは20歳前後の子ばかりだ。みんなそれぞれ、何を目的にここに来ているのだろう。
 
〝大学〟という場所を初めて訪れた息子は、今年から自分自身が経験している小学校と比べて色々カルチャーショックだった様子。
「今来る人と帰る人がいるの!?」
「授業を自分で選べるの? 体育、体育、体育とかでもいいの?」
「めちゃくちゃ広くない!? 公園じゃん!」
 
キャンパスを広く見渡す大階段の脇に、1体の像が設置されている。そういうものになぜか興味のある息子に、そこに記されている、像を寄贈した卒業生からのメッセージを読んでと言われ、初めて読んでみた。
「全学生が社会に出てからも〝公平〟や〝正義〟の心を大切にしてほしいとの願いを込めて寄贈します」
〝公平〟と〝正義〟か……。大学は自由の中でそういう感覚を身に着けるところだったのかな、と思ったりした。息子も小学生なりに、大学の何たるかを感じるところがあったのか、私の言葉をくりかえしていた。
 
時間はお昼時。行き交う学生は多く、みんな思い思いに友達や、あるいは彼氏彼女と、あるいは一人でそれぞれの時間を過ごしていた。大学というのは面白い場所だ。やりたい学びをとことん極めるもよし、海外に留学して経験を積むもよし、勉強そっちのけで若さと時間と有り余るエネルギーを仲間とぶつけ合う、そんな過ごし方もできるだろう。自分の「やりたい」に従っていかようにもできる、そんな場所だと思う。学生たちの姿を眺め想像を巡らしながら、当時感じていた私の思いがよりリアルに感じられてきた。
 
私が、当時感じていた〝孤独感〟。それは、ここに一体何をしに来ているのか、その目的が見えずにいるという所在無さだったのだ。楽しく過ごす友達はいた。もちろん、楽しい時間がたくさんあった。けれどいつも、どこか根底に空虚な思いを抱えていた。何か目的を持ち、それに向かって打ち込んでいる周りの人を見るにつけ、嫉妬心にも似た複雑な思いを持っていた。地元では進学校だった高校時代、大学進学は〝当たり前〟と思っていた。「何をするか」よりも「どこへ行くか」でとりあえず進学先を選んだ。親からは学費も家賃も生活費も当たり前のように出してもらっておきながら、これと言って目標も目的もない自分。そんな自分に罪悪感を持ちつつ、ここに来ている意義を見出すためにサークルやバイトに所属し〝それなりに〟頑張る。でも、どれもこれも、全力投球していたわけでは決してなかった。今となっては〝自分の居場所〟作りの一つだった。
 
小さいころから、何事にも、全力投球するのをセーブする癖がある。全力でやって、結果がでなかったら怖いから。自分には力がないことを思い知らされてしまうから。あるいは、そこまでしてやりたいと思えるものがない。そう思ってきた。しかし最近になって気付いたことがある。

 

 

 

〝自分はやりたい事をやりたいようにやってはいけない〟
という制限を自分自身に課していたということ。

 

 

 

ずっと幼いころの記憶。
夜勤もある共働きの両親に代わり、近所のご夫婦が両親の働いている間、私を0歳の頃から面倒をみてくれた。私はそのご近所のお家を「ママの家」と呼び、我が家のようにして過ごした。夜泣きでぐずって「ママのところに行きたい」という私を、どうしようもなく父が深夜に連れて行ったこともあるほどだ。ママの家で作ってもらうご飯がなんでもとびきり美味しかった。親はあまり良い顔をしないテレビゲームもお笑い番組も、ママの家ではみんなで楽しんだ。実家とはまた違った家庭の色がある、ママの家が大好きだった。やがて私は親が家に居る日でもママの家に遊びに行くようになった。遊びに行って、やりたいことがたくさんあった。しかしおそらく、親からはあまり良い顔をされなかったのだろう。働きながら子どもを育てる身になった今となってはわかる気がする。〝親よりも保育園がいい〟と言われたら複雑だ。子ども心に、親に遠慮しながら「遊びに行っていい?」と聞いていたのを強く記憶している。3つ離れた兄は、幼い頃からおばあちゃん子だった。対して私は、血の繋がったおばあちゃん家よりも血縁の無いママの家が心地よかった。そのことに対しても子ども心に罪悪感を持っていた。私の素直な「好き」「行きたい」という思いを、家族から快く思われていないと感じる状況、家族の中で浮いていると感じる状況は、幼い私にとって受け入れ難い、強い心の痛みだったのだと思う。
 
そんな経験から私は〝私が好きなことを自由にすることは大事な人を不快にし、自分を孤立させる〟という思い込みを無意識に身に着けた。その耐え難い痛みを避けるため、〝本当に好きなことをする〟ことを避けあるいは〝好きなこと〟にあえて鈍感になるというパターンを無意識にずっと繰り返してきた。今までに、諦めていることにも気づかずに見過ごしてきた「好き」がどれだけあったのだろう。

 

 

 

もっと本当の自分を生きたくないの?

 

 

 

年齢を重ね、この数年間。こういう、〝自分で作った自分の枠を出ようとしない自分〟〝安全な、そこそこのところで収まろうとする自分〟に対しての違和感が次第に大きくなり、内側で燻るように不完全燃焼の煙が上がっているのがありありと感じられてきた。
もう、限界だ。誤魔化せない。守り続けてきたボーダーラインを越えてみろよ、と内側の自分が揺さぶりをかけてくる。
 
燻るエネルギーを内側にしまい込んで蓋をしていることにも気づかず空虚な思いを抱えていた大学時代。でもそういった寂しさや虚しさ、嫉妬や罪悪感、無力感そういった感情の経験がバネとなり今の私を動かそうと支えてくれている。全て、必要な経験だった。無駄なものなど一つもないのだ。そんな風に大学時代を肯定的に捉えられる自分になっていることに気付くことができたのは大きな収穫だった。
 
過去と他人は変えられない。変えられるのは、自分の今と未来だけ。ちょっとしたタイミングやボタンの掛け違いで人生は展開が変わっていく。今までに出会った一つ一つがあったからこそ、今がある。だから、過去を受け入れ、今この瞬間を生きていることに集中したい。
やりたいことはやってみよう。試してみなけりゃわからない。好きなことが他の人と違ったって構わない。人とは違って当たり前。それがそのまま私の持つ豊かさなのだ。〝今〟そう一つ一つを選択していった先に未来が創られる。
 
大学を久しぶりに訪れて、当時の思いにタイムスリップし、はっきりと感じられたこと。

 

 

 

「私、今が一番充実している!」

 

 

 

奇跡の積み重ねで出会うことができた息子と手を繋ぎながら、今の自分の答え合わせができたような気持ちで、心から幸せを感じキャンパスを後にした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
添田咲子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

新潟県長岡市出身。中央大学文学部教育学科卒。
会社員。一児の母。

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