本に費やすお金以上に重要なもの《天狼院通信》
書店界のゴッドファーザーについては、去年、何度か触れているので、あるいは覚えておられる方もいらっしゃるかもしれません。
最近はご無沙汰しておりますが、ゴッドファーザーからは多くのことを学ばせていただきました。
今日は、ゴッドファーザーではなく、その奥さんのお話。
奥さんは、ゴッドファーザーとともにおよそ半世紀、本を売って生計を立てているひとで、書店界の栄枯盛衰を見てきたといってもいいかもしれません。僕が去年訪れたとき、ふと出てきた話が今でも心に焼きついております。
奥さんは、店にいることが多く、日々、お客様の相手をしているのですが、あるとき、見るからにできる風のビジネスマンがやってきました。軽く挨拶して、奥さんにこう言ったそうです。
「いい本、ありますかね」
この「いい本」という解釈がクセモノで、しかし、普段ならそれはニアリーイコール「今売れている本」という意味なので、奥さんはそのとき売れていたベストセラーの本を紹介したそうです。
そのビジネスマンは、勧められるままに、その本を買って行きました。
それから、一週間ほどして、また、そのサラリーマンはその書店にやってきました。
軽く会釈して、今度は店の中をみて、棚を自分で見ています。10分くらいでしょうか、見比べながら、悩みながら、一冊の本をその人は手に取り、レジで会計をしました。
そのとき、奥さんは、前におすすめした本がどうだったのか、気になって、ほんの軽い気持ちでこう聞いてみたのでした。
「前に、お買い上げいただいた本、いかがでしたか?」
すると、そのビジネスマンは、ちょっと困ったような顔になって、うーん、と言葉につまりました。
「お気に召しませんでしたか?」
ビジネスマンはその問いに直接は答えずに、こう言いました。
「いや、ああいう本が売れているのかと勉強になりました」
明らかに、不満だった様子。
奥さんとしても、もう何十年も書店業をやっている手前、そう言われてはプライドが許しませんでした。
「申し訳ありませんでした、今日の本のお代は結構です」
すると、そのビジネスマンは、いいんです、いいんです、払いますよ、と言い、最後にこう小さく付け加えたそうです。
「お金の問題じゃないんです。費やした時間が問題なんです。そして、時間は戻って来ませんから」
そうして、微笑み、軽く会釈をして、店を後にしました。
確かに、人間、誰しも1日24時間という時間は、物理的な意味において平等なのでしょう。けれども、相対的な意味においては、圧倒的に違ってくるのではないかと思います。
そういう人にとって、たとえば1500円という本の値段よりも、はるかに、それを読むことに費やした時間のほうが価値が高いということなのでしょう。
結局、そのビジネスマンは、奥さんのおすすめで前回失敗しているので、それを「リスク」と考え、自分で10分費やして、選ぶことにしました。そのほうが「リスク」が低いと考えたのです。
僕は、天狼院書店をつくる上で、この「リスク」ということを、念頭において店を作っていきたいと思っています。
時間こそがもっとも価値が高い、と認識する、本気で成長を考えているビジネスマンにとって、「リスク」が低いと思える書店。どっぷりと任せていいと思える書店。
それが、天狼院書店の目指す理想のひとつです。
もちろん、たやすいことではありません。
営業経験を蓄積する中で、お客様に育てられながら、けれども真摯に、精度を高める努力をする必要があると考えております。
それが実現することによって、あのビジネスマンは、10分を短縮できるようになります。
たかが10分と考えるか、されど10分と考えるか。
ここに大きな違いがあるのだろうと思います。
《CAMPFIREプロジェクト経過報告》
アップしたばかりのクラウド・ファンディング「CAMPFIRE」のプロジェクトですが、応援してくれる皆様のおかげで、一日経たずして、今現在(2013/03/22 21:21)¥128,000の支援を寄せられ、「注目のプロジェクト」に取り上げていただきました。
応援してくださっている皆様、あらためて、本当にありがとうございます。
そして、これからもどうぞよろしくおねがいします。
引き続き、皆様のご支援、お待ちしております。
》》天狼院書店―未来を創る次世代型「リアル書店」をみんなでつくるプロジェクト
どうぞよろしくおねがいします。