もしかして彼こそが、本当の意味での書店業界の希望なのかもしれない。《天狼院通信》
おはようございます。東京天狼院、最短のオープン予定日まで82日(L-82)でございます。
たとえば、映画『300』の様に、最強の少数精鋭部隊を結集して、隙を見せず一糸乱れぬ戦いで勝利をおさめるという方法があるかと思います。
当初、僕は東京天狼院のメンバーを、そういった即戦力の少数精鋭で固めようと考えておりました。
ところが、およそ一ヶ月前のあるとき、池袋の僕のところに一人の青年が会いに来ました。20代中盤で、書店経験者。実は、僕とも数ヶ月一緒に働いたことがある。
おおよその要件はわかっておりました。天狼院で働きたいということでしょう。そう予想ができていたので、予め、体よく断る方法を想定して参りました。
「まだ、合流すべき時期ではないし、リスクが高過ぎる。今の場所であと数年実力をつけて、天狼院が安定してからでも遅くはない」
意外に思われるかも知れませんが、僕は自分がリスクを負うことには一切の躊躇がない一方で、人がリスクに挑もうとするときは、たしなめることが多い。近しい人や仲がいい人ほど、そうなる傾向が強い。なぜなら、僕は自由の面白さや尊さを 知る一方で、リスクを負うことの恐怖を人一倍身をもって体験しているからです。たとえば、僕に子どもができたとして、将来的にアドバイスを求められたのなら、きっと公務員になることを薦めることでしょう。
彼にも、僕は親身になるからこそ、そう言ったのですが、どうしても、天狼院でやってみたいという。
話を聞いている間に、僕はあることに気づきました。
目の前に座っている彼が、ほんの数年前の僕とまるで同じ状況だったのです。書店で店長をしているという状況や、結婚が差し迫っているのに、十分な収入がないために躊躇しているという状況まで、そっくりだった。
ただ、一つ、違っていたのは余暇の時間の使い方でした。仕事が終わったら、何をしているのか、という僕の問いに彼はこう答えました。
「好きなことをして過ごしたり、買い物や、彼女と過ごしたり」
別にそれでも何も、悪くはない。それでいいのだと僕も思います。
確かに年代も地位も収入も彼と昔の僕は一緒でしたが、ただ、一つ違っていたのは、その当時も今も、考えてもみれば上京してからのすべての時間、僕は努力をしていない時期がなかったということです。
結果がついて来ようと来なかろうと、実際にはほとんど結果が現れずに実際の収入が増えることもなかったのですが、それでも、僕は精一杯努力しておりました。努力することがいいか悪いかは別として、振り返ってみれば、そうだったと思うのです。
有り体に言ってしまえば、たとえ店長になろうとも、業界が良かった時期に入れなかった若い世代の書店勤務者の給料体系は、下手をすれば、生活保護受給者と大差がないものです。逆にもしそうでない書店勤務者がいるとすれば、それはラッキーなのだろうと思います。比較的、恵まれた環境にあると言える。
別にそれで自分が思い描く「幸せのかたち」を担保することができるのであれば、僕はそれでいいのだと思います。
ところが、少なくとも、僕に会いに来た彼は、現状では自分が思い描く「幸せのかたち」を思い描けないと思っていました。今もらっている給料よりも年収にして120万円以上は多く欲しいと思っているといいます。皮肉なことに、彼が欲しいと思った金額は、僕が今年、自身への役員報酬として考え、税務署に提出しようとしていた額よりも多い額でした。
努力はしていないと言い、けれども、自分の幸せのために多くの収入が欲しいと言う。
僕はそれを聞いて、怒ったわけでも、落胆したわけでもありませんでした。あまりの感覚の違いに、心底驚いたのです。あるいはそれは、世界には、こんな不思議な民族がいますとテレビ番組で見たときと同じような感覚なのかも知れません。しかも、アマゾンの秘境にではなく、目の前にいた。
また、一方で、こう思っていました。
もしかして、時給や月給で働いている人の多くの人が、こういう感覚なのかも知れない。ビジネスの世界が「銃声なき戦場」だと言うことに気づいていないのかも知れない。たとえば、月に20万円給料が振り込まれることが、どういうことなのか、体感的にわかっていないのかも知れない。
そうだとすれば、もし、未だ世の中のシンプルな仕組みに気づいていないそういう人たちに、真実を気づかせてあげることができれば、面白いことになるのではないか。
もし、目の前の彼が、彼が希望する額以上に天狼院に貢献できるように、ある種「覚醒」させることができれば、天狼院のみならず、業界の未来にも一筋の光をもたらすのではないか。
前述のように、僕ははなから断るつもりでその喫茶店に向かいました。けれども、話を聞いた僕は彼にこう言っていました。
「天狼院でやってみるか。ただし、オープンまでにかなりレベルアップしてもらわないと、誰よりきっと君自身が辛いことになる」
今彼は必死になって今までのマインドからの転換を図ってくれているだろうと思います。僕としては、天狼院の出航までに、彼が戦える戦力になってくれるのであれば、願ってもないことです。ともに、面白い航海をすることになるでしょう。けれども、そうでなければ、やはり、僕は『300』式の少数精鋭で戦い抜く方法を選ぶことになるだろうと思います。ちなみに、今、チーム天狼院として決まっているメンバーは間違いなく精鋭です。
あるいは、オープンまでの彼の奮闘こそが、本当の意味での書店業界の希望になるのではないかと思っております。彼がもし、自らの力で自分が欲する幸せのかたちを手に入れることができれば、同じ状況にいる人を将来的に雇い入れることに、僕は何らためらうことがなくなるからです。 戦力として期待できるようになる。ゆくゆくはその人たちが天狼院から独立していって、新しいかたちの書店を作るようになれば、これ以上面白いことはない。
もちろん、そのためにも、まずは僕は東京天狼院のオープンのために全力を注がなければなりません。僕自身が、誰より、成長しなければならない。
なぞと長々と思いつつ笑、今日も全開バリバリのフルスロットルで参りましょう。