天狼院通信

『竜とそばかすの姫』を観て、もう細田守監督の次の映画は観たくないと思った。《天狼院通信》


(記事:三浦崇典/天狼院書店店主)

開始から程なくして、唐突に涙が込み上げてきた。

おかしい、と思った。疲れているのかと自分を疑った。
また、映画のクライマックスに向かう途上でも、こらえきれず、ハンカチを手にして見る羽目になった。

油断すると、嗚咽するんじゃないかと思った。

『竜とそばかすの姫』は、紛れもない傑作だった。

非常に鋭利に、心のある箇所を直接的に刺激してくるのだ。
おそらく、その箇所は、誰もが弱い箇所だろうとは思う。

けれども、人によってその刺激の強さは違うのではないかとも思った。

創作者の、たとえば結婚や子供の誕生、そして、大切な人を失うことは作品にどう影響するのだろうかと、映画を観る裏でぼんやりと思った。

至極つまらない言い方をすれば、この作品には、優しさが込められている。
優しさの矢印が、どこからも主人公の鈴に向けられていて、そして、主人公は自分が向けるべき、新しい優しさの矢印を見出す、いわば、”優しさのヒーローズ・ジャーニー”だ。

世の中、最悪だけれども、世の中、存外悪くない、と思わせられる。

創作者におけるテーマの一般化は、おそらく、実体験が強く影響するのではないかとこの作品を観て思った。

細田守監督は、母親を亡くして、それを体験する中で『サマー・ウォーズ』でも、『おおかみこどもの雨と雪』でも、作品に何らかの想いを投影させていたという。その悲しい経験が、たとえば映画を昇華させるのだとしたら、なんともやるせないではないか。

今回の作品、『竜とそばかすの姫』は、なにか、集大成のように見えた。
完成度が、極めて高いのだ。

たとえば、新海誠監督が『君の名は。』で、作品のある交点に到達して人々の心を揺さぶったように、作家の小川洋子さんが『博士の愛した数式』でそれまで作品に存在した、ダークマターを払拭して、梅雨晴れの晴天を見事に表したように、細田守監督は本作で、その交点を見出したかに見える。

万が一、今後、細田守監督がこの作品よりもさらに素晴らしい作品を世に送り出すとすれば、細田守監督の実生活で劇的な何かが起きなければならないのではないかと、いらない危惧をしてしまう。

本作で描かれた仮想世界「U」と現実世界が実はつながっているように、細田守監督の作品と細田守監督の実生活は、リンクしているように思えてならない。

作品に魂を込めるスタイルは、日本では天才手塚治虫の時代から変わらぬ伝統芸能だ。
それがスタジオジブリの宮崎監督や、エヴァンゲリオンの庵野秀明総監督や、そして、ジブリに対して様々な想いがある細田守監督に、いわば、”呪い”のように受け継がれているとするならば、我々鑑賞者というなの消費者は、彼ら創作者の魂を消費しているのではないかとも思う。

名作や傑作は、偶発的に起きない。

そこには魂の犠牲、あるいは、作品に対する魂のサクリファイスがあって、それゆえに人々の心を揺さぶるのではないかとも思う。
そうじゃなければ、観る者の魂は”共鳴”しないのではないか。

ゆえに、僕は、もう細田守監督の次回作を観たくはない。
もし、これ以上の作品を作るとすれば、相当なる魂の犠牲が必要になる可能性があるからだ。
そんなの、あんまりではないか。

あるいは、そういったマイナス面だけではないのかも知れない。

魂を込めることによって、作品に対する魂の犠牲が、レクイエム的に昇華されて、創作を通して創作魂の解放が行われるのではないかとも思った。

もしかして、ハイパークリエーターと呼ばれる人々は、創作を通してでしか、荒ぶる魂を昇華解放できない人種の人々なのかもしれないと思った。

そうだとすれば、やはり、同時代を生きる僕らは、彼らハイパークリエーターの自作を観るべきだと思う。
ただ単純に、観たい。観続けるだろうと思う。

まずは、『竜とそばかすの姫』はもう一度、観に行こうと思う。
いや、浸りに行く、というのがより近い表現かもしれない。

これからの人生で、何度も何度も観ることは間違いない。

 

 

 


■プロフィール
三浦崇典(Takanori Miura)
1977年宮城県生まれ。株式会社東京プライズエージェンシー代表取締役。天狼院書店店主。小説家・ライター・編集者。雑誌「READING LIFE」編集長。劇団天狼院主宰。2016年4月より大正大学表現学部非常勤講師。2017年11月、『殺し屋のマーケティング』、2021年3月、『1シート・マーケティング』(ポプラ社)を出版。ソニー・イメージング・プロサポート会員。プロカメラマン。秘めフォト専任フォトグラファー。
NHK「おはよう日本」「あさイチ」、テレビ朝日「モーニングバード」、BS11「ウィークリーニュースONZE」、ラジオ文化放送「くにまるジャパン」、テレビ東京「モヤモヤさまぁ〜ず2」、フジテレビ「有吉くんの正直さんぽ」、J-WAVE、NHKラジオ、日経新聞、日経MJ、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、雑誌『BRUTUS』、雑誌『週刊文春』、雑誌『AERA』、雑誌『日経デザイン』、雑誌『致知』、日経雑誌『商業界』、雑誌『THE21』、雑誌『散歩の達人』など掲載多数。2016年6月には雑誌『AERA』の「現代の肖像」に登場。雑誌『週刊ダイヤモンド』『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。

この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」講師・三浦が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

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2021-07-16 | Posted in 天狼院通信, 天狼院通信

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