天狼院通信

黒いお出汁の向こう側《とある書店の舞台裏/スタッフ石綿・バックステージツアー》


記事:石綿大夢(天狼院書店スタッフ)

「結婚するって、どういう感覚ですか?」

この質問を30代後半の書店員,、しかもイケメンでもなく図体のでかい男が聞かれているのであるから、滑稽である。

 

先日のこと。

天狼院で行っている飲み会系イベント「ブックラブ-恋愛相談BAR」でのこと。
やはり話題は恋愛のことや結婚相手のことで盛り上がった。

僕はもちろん会のホストとして、BARカウンターの中で料理を作ってお出ししたり、
会話を楽しめるようにいたわけだけれども、不意に僕に話の矢印が向いた。

「奥様はどんな方ですか?」

その場に既婚者は僕だけ。恋愛相談BARなのだから、当然のことである。

「やっぱり、付き合いたての時とかって、ぶつかったりしました?」

いや・・・今もである。残念ながら今もまだ頻繁にぶつかっては、「こちらが謝罪し丸く収まる」一連の流れを繰り返している。

「そりゃあそうですよ・・・!」と苦笑いしながら、付き合いたての頃を思い出していた。

 

付き合って、初めて迎えた大晦日。

一緒にご利益のあると言われる神社に行ってお参りし、年越しそばを食べよう!
そういう計画で、その日は夜に集合した。

まずはお参りである。
界隈では有名な神社なので、かなりの長蛇の列だ。
外は極寒。カイロもほとんど効果がないように見える。
二人で買った甘酒を啜りながら、「寒いね〜」と呟いたり、二人とも忘れた紅白のトリを思い出すゲームをしたりする。

なんのことはない、ここまでは普通の付き合いたてのカップルであった。

 

しかし、その後事件は起きた。

『年越しそばを食べよう!』と入った蕎麦屋でその惨劇は起きてしまった。

外はめちゃくちゃ寒かったので、体の芯まで冷え切っていた僕らは、迷わず「あったかいお蕎麦」を注文する。
彼女は「きつねそば」僕は「かき揚げそば」である。

丼がテーブルに運ばれてくるや否や、彼女の口から信じられない発言が飛び出した。

「うわっ、なにこれ? 黒すぎない? これ・・・食べて大丈夫なもの?」

うちの彼女、もとい奥様はコッテコテの関西出身者で、関東に出てきたのはその年の春。
関西圏でも大阪の中心部の出身のためか、もう舌も意識も「関西仕立て」なのである。
関西風のお出汁は、基本「昆布」であり、醤油をあまり使わないので、汁が黒くはならない。
その反面、関東のお出汁は醤油を入れるのが基本的なレシピである。

うまそうな鰹出汁の濃いめのつゆの香りが僕(関東出身)にはこの上なく沁みるのだが、
奥様には、“食べてはいけないレベル”のものに見えているらしい。

しかも、である。

奥様はまぁ〜いいボリュームで一連のご意見(w)をおっしゃられていたので、
持ってきた店員さんはじめ、店内は年越しのお祝いムードはどこへやらである。

流石にこれは、なんとかせねばなるまい。

「この感じが、関東では普通なんだよ。だからしょうがないでしょ」
いやぁこの発言が不味かった。

「なんで私がこんなもの食べなきゃいけないの? 気持ち悪くなったらどうすんのさ?」

書いていて改めて思ったが、なんとも酷い言い草である。
補足しておくと、奥様は僕より年上、かつ性格もチャキチャキしていてスピーディーだ。
一緒に歩くと、僕の歩きの遅さにイライラしているくらいである。

それでも、せっかく作ってくれた人のために、ちゃんと食べよう。

こういうと、彼女は渋々と蕎麦を啜り始めた。
時折、小声で「しょっぱいわ〜」「塩分がな〜」と言っていた気がするが、聞かなかったことにしてその日は過ごした。

でも今なら納得するが、
この「ぶつかり」が他人と過ごすことであり、結婚すればもっとこれが顕著になる。

「結婚とは、国と国とが併合して、一つの国を作ること」

と誰かが言っていた(気がする)が、まさにその通り。
異文化と異文化の衝突。僕の経験なんかは、本当に些細で笑っちゃうくらいみみっちい話であるが、
本質的なところは、宗教や国家の対立みたいなものと繋がっている気がする。

そう思うと、人と人とのつながりや、他人との付き合い方も、簡単なようで難しいものだとなんだか納得してしまうのである。

 

この数年後、僕らは結婚した。

「関西仕立て」だった彼女の舌も見事に調教され、今はもう、「真っ黒いお出汁」を嬉々として啜っている。

濃いめの蕎麦つゆを啜る彼女を見ながら考える。

もしこれが、もっと重大な問題だったら、僕らは今一緒にいるだろうか。
考えてもどうしようもないことであるが、考えなければいけないことだと思った。

それでも、
「彼女と結婚してよかった」と僕が日々思えるのは、
「関西仕立て」のユーモアで、日々笑いが絶えない家になっているからかもしれない。

 

 

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2025-10-18 | Posted in 天狼院通信, 天狼院通信, 記事

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