本屋ははじめてみたけれど《天狼院通信》
天狼院書店をオープンして、8ヶ月が経とうとしております。
これまで何とかやってこれたのは、ひとえに、応援してくれる皆様、そして天狼院にご来店いただいたお客様のおかげでございます。
改めて御礼申し上げます。
有り体に申し上げますと、本屋の操縦がここまで難しいとは思いませんでした。
これでも僕は社長6年目で、天狼院をオープンさせる前の4期目は、創業以来初の黒字で小さいながらも安定した業績を残しておりました。
そこで得た決して大きくはない資金を全てつぎ込んで、ここ数十年誰も本格的には挑んだ歴史がないと言われる書店業に参入致しました。
想像以上に参入障壁が高く、想像以上に手間がかかり、想像以上に儲からない。
オープンして1ヶ月は惨憺たる結果に、愕然としました。
しかも、オープン当初はまるで与信のない状況でしたので、取次さんや版元さんへの在庫分の大きな支払いが、1ヶ月後、3ヶ月後とまるで津波のように襲いかかってきます。
これを凌ぐのに精一杯で、波に飲まれても天を見失わないようにと顔を上げて歯を食いしばって耐える期間が続きました。
たしかに、オープンして2ヶ月以降は単店でわずかながらに黒字になったのですが、それでキャッシュ・フローの問題が解決するわけもありません。年末には「三ヶ月延勘定」分の実に大きな支払いが迫ってきており、その大波をくぐり抜けなければ沈没する危機もございました。
この時期は、この小さな船を沈没させないように操船するのが精一杯で、これまで頂いていた、天狼院以外の、書店業よりもはるかに割のいい仕事をこなすこともできずにいました。客観的に、たとえば半沢直樹的に言えば、割のいい仕事をやる時間を、実に割の悪い書店業に費やしていた、ということになるでしょう。
さらには、スタッフの急な離脱によって、雑務も一気に全て降りかかってきて、多忙を極めた1月は、僕とインターンからバイトに昇格させた石坂くんとで何とか、これを沈めずに乗り切りました。
やがて、2月になると、今のメンバーがバイトとして合流してきて、操船も幾分か楽になりました。しかし、この時期には天狼院以外で残留していた仕事をこなさなければならず、今度は天狼院の操船がままならなくなりました。
2月3月と、天狼院にいる時間が少なくなりました。
そして、ようやく、5月になって天狼院以外のほとんどの仕事を終える目処がたち、店長就任の辞令を発令した次第でございます。
すなわち、ここにきてようやく天狼院に全力で取り組めるようになったのでございます。
振り返ってみると、2012年の正月に書店を開くと宣言したときは、銀行口座の残高が1万5千円しかなかったわけですが、天狼院をオープンできたこと自体、宝くじに当たるような可能性ではなかったかと思います。そして、今、こうしてまだ営業していられるのは、さらにむずかしいですよね、きっと天文学的な数値になるのではないかとぼんやり思うのです。
たとえば、書店を開くと宣言した時にもう一度戻って、また同じように作ってみろと言われれば、ほとんど不可能だと言わざるを得ないだろうと思います。
僕はネガティブな発言はほとんどしないたちなので、もしかして、表向きは極めて順調に推移してきたように見えたかも知れませんが、正直いってしまえば、ピンチの連続でした。これでもかのピンチの連続でした。
とにかく、書店業というものは、極めて難しいのです。
シミュレーションゲームが好きな方ならわかるかと思いますが、『信長の野望』で織田信長や武田信玄、毛利元就を選択してプレイするのではなく、尼子を選択してハードモードでやるようなものです。
ドラクエⅢで、レベル10でバラモスに挑むようなものです。
F1のレースにアルトで参戦するようなものです。
アプリで儲かって、プラットフォームが大人気になり、PVも増えてバイアウトで売り抜けるというような軽やかな世界ではまるでなく、コピーなき商材を地道に売り積む作業。
1000円の本を売って、粗利益は230円くらい。
頑張って10000円売っても、2300円にしかならない。
特に感覚的に理解するのが難しかったのは、再販制度における「在庫」の問題でございます。
本は「返品条件付き買い取り商品」です。
つまり、500万円の在庫を持つならば、最初に支払いがどんと来ることになります。基本的には翌月に初期在庫の支払いが来ることになるのですが、それではかわいそうと、この業界には三ヶ月延勘定という慣習があって、オープンから三ヶ月後に大きな請求が来ることになります。
ともあれ、最初に請求があって、返品すれば入荷の時に支払ったのと同じ金額が戻ってくるというのがルールです。
そうすると、こんな事が起きます。
1月は、著者の先生の1日店長のイベントも複数あり、かなり書籍を売ったと喜んでいても、次の月にはその在庫分の請求がどんとやってくる。
逆に在庫をある程度調整すれば、売上が少なかったとしても、支払いを少なくすることもできる。
それまで、ほとんど粗利のような商売だったので、これを「体得」するのが非常にむずかしかった。経理上は儲かっているはずなのにキャッシュ・フローが悪化しているという不思議な状況が続きました。それは去年の年末まで、意図せずに徐々に在庫が増えていたからでした。
それがわかり、在庫を一旦引き締め、全品棚卸しをして、決算が出た最近になって、ようやく天狼院の正確な状態を把握出来ました。
東京天狼院をオープンさせたにもかかわらず、おかげさまで、会社でいうところの第五期もわずかですが、黒字で終えることができました。キャッシュ・フロー的には依然として厳しいものの、様々な嵐をくぐり抜けてきた僕にはまるで問題のないレベルでございます。
たとえれば、嵐の中で操船し、沈まないようにと遮二無二に奮闘してきた結果、嵐を抜けてみると「0」の状況になっていた、というのが、今の感覚に近いのではないでしょうか。
けれども、この「0」はただの0ではございません。
おかげさまで初期在庫の支払いは全て済ませてあり、保証金もある程度積んであるので、取次さんや版元さんへの与信としては問題がない。もっと簡単にいえば、一度も滞りなく支払っているので取次さんに対して、こちらが経理上、上の立場にあると言っていい。それが与信があるという状態です。
これはどういうことかとさらに言えば、たとえば、僕の気が変わって「もう、おいら、本屋やーめた!」となったら、在庫分の金額と保証金の分が取次さんから僕の会社に戻ってくるということです。
これは、新しい店舗を作る際の大きな武器となります。
これが与信となって、つまりは担保のような働きをすることになります。
たとえ万が一倒産しても、取次さんはその分、ここから回収できる、ということになります。
だから、新しい店舗を出すことができる。
つまり、キャッシュ・フロー的には脆弱だったとしても、我武者羅にやっているうちに、会社の状態としては何ら問題のないところまで財産を積み上げてきたということなのです。
そして、銀行口座には「0」としか記しようのない、もう一つの価値を天狼院はいつしか育てていました。
それこそが、ブランド価値です。
オープンしてから、大手の新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、Web媒体と、天狼院書店は数多くのメディアに取り上げて頂きました。これによって、実態がまだ伴っていないのに、期待値として「ここは面白い」とブランド価値が上昇しました。
休日になると、日本全国からお客様に来ていただけるのは、その目に見えない「ブランド価値」が大いに影響しています。
メディアに取り上げて頂くだけでなく、九州のTSUTAYAさんを統括するCCC九州カンパニーさんと一緒に仕事をさせていただき、九州TSUTAYAさんの旗艦店TSUTAYA福岡天神さんに「天狼院コラボ」のコーナーを作らせて頂くことによって、そのブランド価値はさらに上昇しました。
そして、何より、天狼院のブランド価値に寄与していただいたのは、お客様と著者の先生方です。
お客様には天狼院BOXを作って頂き、著者の先生方にはイベントを一緒に創り上げていただきました。
それが、ブランド価値を高めるのに、大きく影響していたことは間違いないだろうと思います。
ブランド価値は、バランスシートに数値として現れるものではありません。
つまり、この「0」は大いなる可能性に満ちた「0」ということになります。
晴れやかな「0」であり、「∞」へと連なるような意味を持つ値です。
たしかに、直近の4月も天狼院書店「東京天狼院」は単店単月で黒字を計上しました。
けれども、その額はまだまだわずかです。
オープンからこれまで構築されてきた「ブランド価値」に比すれば、その利益はあまりに小さなものです。まだまだ、天狼院のポテンシャルを発揮できていないということになります。保有している可能性を、まだまだマネタイズできていないということになります。
原石が数多く眠る鉱脈を見つけながらも、宝石へと研磨できていない。
しかし、5月に店長に就任した僕は、この「研磨」の作業をフルスロットルで進めております。
そう、「東京天狼院」を今僕は、全力で磨き上げようとしております。
もしかして、こうして研磨の時間を本格的に取れるのは、オープン以来、初めてのことかも知れません。
まだまだ、天狼院書店「東京天狼院」は面白くなります。
そして、ここを盤石として、これで培ってきた新しい「天狼院」というかたちを、全国に広めようと考えております。
まずは、今年の年末、福岡から。
あたかも、羽柴秀吉が墨俣に一夜城を組み上げたように、僕は天狼院書店を徒手空拳から組み上げました。これからは、大急ぎで中を充実させ、本物の、堅固な城にしたいと思っております。
乞うご期待でございます。
これからの天狼院書店にご期待ください。