モスマック症候群「マックと聞くと反射的にモスと言ってしまう人たち」《天狼院アーカイブ》
昔から、気になる会話がございました。
特に若い女性たちの中での会話なのですが、それを聞くとどうしてかゲンナリしてしまうのです。
「あたし、マックあんまり食べないんだよね-。マックよりもモスがすき」
「あ、わたしもそれわかる-」
「だよねー」
言うまでもなく、マックはマクドナルドでモスはモスバーガー。両方ともファーストフードのお店でございます。
たいていの場合、このやりとりにおいてまず出てくるのはマックという単語です。マックという単語のみで終わっていいはずの会話に、なぜかモスという単語がかなりの確率で顔を出すのです。
この会話は、同族確認、および共鳴確認的な静かな微笑で終了いたします。
本人たちは、どうやらそれでマックを好きな人たちよりも自分たちを高いところで差別化しているのらしいのですが、実はそれ、大変申し訳にくいですが、自分のつまらなさを強調しているだけだと僕は思うのです。
だって、どちらもファーストフードじゃないか。そもそも、値段の設定が違うじゃないか。と、いうか、マック、ふつうに美味いじゃないか。
ポテトチップとかガーナチョコとかカップラーメンとか普通に美味いですよね。当然、ゴディバとか行列ができるラーメン屋さんのラーメンとかの方が美味いに決まってますが、それをあえて強調する必要ってないですよね。当然のことですから。
なのに、なぜ若い女の子の会話の中で、マックはモスによっておとしめられるのか?
仮にそれをモスマック症候群と名付けましょう。
その感染理由をお答えする前に、もう一つ、同様の人たちの会話の中でよくあるものを紹介しておきましょう。
「あー、あたしあんまりテレビとかみないんだよねー」
だから? それって偉いの? 何アピール?
それを言うのは圧倒的にマスモック症候群の人に多い。経験上、モスマック症候群の人がこの症例を併発する場合が多いのです。
断っておきますが、仕事や勉強などで普通にテレビを見ない人、または本当にどうしてもマックが嫌いな人は今言っているモスマック症候群には含まれません。ここで話題にしているのは、聞かれてもいないのにモスを引き合いに出し、聞かれてもいないのにテレビを否定する人のことです。
なぜその症例を発症する人が多いのか?
答えは至極簡単でございます。
先ほども少し申し上げましたが、一般大衆と自分をほんの少しだけ差別化したいのです。
ここで重要なのは、「ほんの少しだけ」というところ。それ以上に差別化が飛躍してしまうと、逆に「変わり者」のレッテルを貼られてしまうからです。
それでは彼女たちはモスマックを言うことによって、本当に一般大衆とは差別化されるのでしょうか?
される訳がございません。むしろ、皮肉なことに更に一般化が進む、あるいは、lこれで生涯一般化の呪縛から抜けられなくなった、と言ってもいい。
なぜなら、モスもマックもファーストフードに他ならず、大差ないからです。そこのところで大差あるように見せかけるのは、自分自身が一般化から抜け出せない何よりの証拠となります。
彼女たちにとっての一般化からの脱出大冒険が、マックからモスでしかなかったということです。
それで、僕はゲンナリするのです。あまりに不憫だからです。
ですが、このモスマック症候群は日本人の国民病と言っても差し支えないのではないでしょうか。
このモスマック症候群が、日本人の感性的な基盤に巣くっているからこそ、日本は類を見ない流行主義社会となってしまっている。あれがいい、となると一斉にみんなが群がってしまうのです。ところが、当の本人たちは自分たちが流行のただ中にいるとは意識していない。一般のつまらない人よりも一段階高いところにいると思い込んでいる。しかし、すこし俯瞰してみると、それは流行のただ中に他ならないことがわかるはずです。まさに、モスマックの症例のように。
じつは、ここからが本題でございます。商売をやろうとしている人、商売をやっている人は是非聞いてもらいたい。
日本人の多くが、このモスマック症候群に感染しているからこそ、逆に流行を仕掛ける方としては商品やサービスの発信がやりやすいと言うことになる。マーケティングが、かなりの精度で通用することになります。
前職にある際も、さらに大学などで話させていただいた際も、ベストセラーの理由を聞かれると、僕は必ずこう申し上げてきました。
「90%のベタと、10%の変化」
つまり、ベタの方が人は安心するのです。ドラマでも音楽でもそうでしょう。ヒットするのはみんなベタなものです。一昔前の韓流や恋愛小説ブーム、モーニング娘。などをみればわかるでしょう。けれども、人は完全にベタなものは求めていない。10%程度の変化を求めているのです。
たとえば、小説・映画『容疑者Xの献身』などがいい例です。あの話は90%ベタな話で、最後の10%において話をひっくり返し、大ヒットした。つまり作者や制作者の「サービス」によって90%読者や観客は安心しきっていたのです。これくらい、予想がつくさと、作品制作者よりも精神的な優位な状況で物語を楽しんでいる。これは実は読者・観客によって、とてもここちのいい状況です。デパートで丁寧なサービスを受けて、自分が偉くなったと勘違いしているような状況とかわりございません。
ところが、エンターテイメントにおいて、100%のベタは「つまらない」と切り捨てられることとなります。それで10%程度の変化が必要となる。それが『容疑者X』における、最後のどんでん返しだったりするわけです。
「やられた! 油断してたよ!」この興奮が「おもしろさ」となり、ひいては作品のヒットにつながるのです。
つまり、作る側、売る側としては大いにこのモスマック症候群の理論を応用すればいいということになります。そういった習性を知ることで、必然的に売るためのアプローチが変わってくるものと思われます。
ちなみに、モスマック問答で僕が安心するのは、こういう答えをする子がいた場合です。
「あたし、マックすきー。ポテトとか無性に食べたくなるときあるよね」と素直に言える子か、あるいは逆に「そもそも、私、ファーストフードとか食べないから」と衒うことなく言う子。
*この記事は店主三浦のブログで2009年5月に掲載したものです。5年前の記事ですが今も同じことが言えると思いますので、掲載しました。