天狼院通信

書店の売上を上げたいのならビジネス書を売る技術を磨け《天狼院通信》

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朝起きて、だらだらとツイッターのタイムラインを眺めておりました。

すると、冲方丁さんの新刊『光圀伝』の紹介動画がアップされていました。書店人の皆さんがいかにこの小説が優れているかを力説されているものでございます。

それを見ていてふと、「なるほどなー」と思うところがありました。

『光圀伝』は映画化もされたベストセラー『天地明察』のある種のスピンオフ作品で、本に巻いてある帯の情報が確かならば、もうすでに10万部を突破しております。

この10万部という数値、たしかに小説でもものすごい話ではありますが、ビジネス書にすれば、なおすごい数値ということになります。

以前、出版社の営業の方と、ビジネス書が10万部に到達する可能性はどれくらいかというのを、必死で計算してみたことがあります。何度も検算して、そして、誤差も加味して、多めに見積もって出てきた数値がこれです。

 

0.4%。

 

つまり、1,000冊出した中で、10万部に到達する作品は4冊でしかないということです。

100万部といえば、もう宝くじとさほど変わらない可能性になってしまう。

 

小説に関しては計算したことがありませんが、これよりも高い。それ以上に、10万部を超えて、20万部、30万部と積み上がっていく可能性が高い。

 

考えてみると、そもそも、ビジネス書と小説を売る戦略はまったくもって違います。

今は仕事もほとんどビジネス書に特化しておりますが、思い返してみれば、僕は元々、書店において長く文芸・文庫の担当であり、殊の外小説分野が得意でしたし、好きでした。仕掛け商品もほとんどは小説であって、こう考えると、ビジネス書を担当していた時期というのは、1年半くらいなもので、キャリアとしては小説の方がはるかに長い。

小説からビジネス書に専門を移して、はじめて衝撃を覚えたのは、「これは必ずヒットするに違いない」と思った作品が、思うようにその店の外に波及しないということでした。

たとえば、『1坪の奇跡』稲垣篤子著(ダイヤモンド社)という、まさに1冊の奇跡のような名著があります。

それまでの小説担当の肌感覚から、これくらいの名著ならばすぐにヒットして、映像化もされるに違いないと思いました。実際に60坪ほどの祐天寺の店で結果的に120冊ほど売り、高田馬場でも80冊ほど売り、と合わせて200冊ほど売ったものの、この作品は未だに30,000部を超えていません。外には波及しなかったし、他に火を灯そうとするメディアや書店などの「着火点」があまりに少なかったからです。

小説の場合は全く違います。

小説を担当していたころ、発売からひとり売りまくっていた雫井脩介さんの『クローズド・ノート』は大ヒットし、映画化もされました。また、発売から仕掛けていた石田衣良さんの『美丘』もテレビドラマ化され、ヒットしました。これも発売から仕掛けていた天童荒太さんの『悼む人』は、直木賞を受賞して大ヒットし、続編も出ました。そうやって例を出せば、枚挙に暇がないほどですが、そもそも、それらの作品の仕掛けは、『1坪の奇跡』のときとまるで違いませんでした。いや、ソーシャルネットワークを利用した分、『1坪の奇跡』の方が戦略的に先をいっていたはずです。実際に、吉祥寺小ざさの模型を作って販売するのなど、現場での手法も凝っていた。

それまでの感覚で言えば、少なくとも1年後に必ずヒットしていたはずでした。

ところが、思うようには世間に波及しませんでした。そこで、気づいたのです。

ビジネス書をヒットさせるのは、相当に難しいと。少なくとも、小説のようにはいかないと。

ビジネス書と小説を売る戦略は、同じ本といえども、全く違うのです。陸上の長距離と短距離ほどに種類が違う。

小説は娯楽であって、テレビや映画、文庫と形を変えて「連鎖」する可能性が高く、そもそも作家個人に対する読者と書店人のロイヤルティー(忠誠心)が極めて高い。さらには、良い作品が市場に出たら、しっかりとベストセラーとして救い上げることができる優秀な書店人網も全国に敷かれております。いわば、「着火点」が多い。それゆえに、ヒットした時の爆発力がビジネス書よりもはるかに高いのです。

この点、小説はビジネス書に比べて恵まれた環境にあると言えます。

一方、ビジネス書はそうではありません。相対的にみれば、売場も限られていますし、「連鎖」の力も弱く、確かに優れた書店人はいるものの、小説に比べると数の上で圧倒的に少ない。そもそも、作家に対するロイヤルティーの問題でいえば、小説に完敗です。冲方丁さんや宮部みゆきさん、百田尚樹さんの作品に向けられる書店人の皆さん愛情が、もしビジネス書に向けられれば状況は全く違うことになるでしょう。

たとえば、それは植えられる土壌の差のようなもので、小説の場合はビジネス書よりも、はるかにいい土壌に植えられることになります。同じ畑だとしても、日当たりが良く、水はけもよく、しかもよく手入れもされる。ビジネス書の場合は、小説よりも日当たりが悪く、水はけも悪く、しかも放置される可能性も高い。条件面ではるかに過酷なのです。

それなので、ビジネス書を売るために、合法・違法合わせて、様々な手法が開発されてきました。Amazonキャンペーン、ランキング操作、著者買い、セミナーとの連動、きめ細かい広告戦略、PR戦略など。

 

これを思うとき、僕はふと、太古の人類の起源を思います。

 

瀬名さんの原作で映画にもなった『パラサイト・イブ』という小説はご存知でしょうか。

「すべての人類の起源は、アフリカに実在した一人の類人猿の女性(イブ)に遡ることができる」という「ミトコンドリア・イブ」説を題材にしたもので、同じ論点はベストセラー『イブと7人の娘たち』でも描かれ、今では通説となっております。

つまり、今と違って、サハラ砂漠が肥沃な大地だった時代、アフリカはまさに人類の祖先にとって楽園であり、ここで爆発的に個体数を増やしました。個体数が増えると、土地がなくなってしまうため、ある一団は中東方向へと進み、更にはヨーロッパ方面、そしてアジア方面へと進みました。あるいは、気候の変動で、アフリカに多くは住めなくなったために、北へと向かわざるを得なかったのか。

注目すべきは、寒冷だったヨーロッパ方面、特に北へと進んだ集団です。

想像するに、最も強くて強靱な種族が、もっともいい場所、つまりはアフリカや中東の温暖な地域、少なくとも地中海周辺の地域を占拠したはずです。寒冷だった集団は、それよりも弱かった集団と考えられます。

その弱かった集団こそが、後に多くは白人(コーカソイド)となる集団です。

言うまでもなく、ローマ帝国以来、人類の文明は彼らの子孫によって目覚しい発展を遂げてきました。

厳しい地方に追いやられたからこそ、他の集団よりもはるかに「火」を使う方法を工夫し、科学を極めていったからです。長い期間、塗炭の苦しみを味わってきたからこそ、彼らは長く、支配者として地に君臨することができたのでしょう。

 

何を言いたいのか?

 

もうおわかりかと思います。

ビジネス書のフィールドは、いわば寒冷の地です。小説が植えられている温暖の地よりも、はるかに実らない土壌で、頭を使い、工夫を重ねて生き抜いていかなくてはならない。

けれども、僕は寒冷の地で闘うからこそ、根本的な売る力が養われるのではないかと思います。

つまり、小説を売るよりも、ビジネス書を売る力を鍛えた方が、書店の販売力というものは伸びるのではないかと僕は考えております。

これは出版社も書店も同じことで、ビジネス書を売る力を鍛えれば、底力がつくようになり、小説を売る力も伸ばすことができるようになると考えます。

ビジネス書の実売力を磨くことによって、単なるビジネス書の売上が伸びるだけではなく、その力は他の分野にも活きるので、書店や出版社の総売上が上昇するということです。

それは、オリンピック選手が過酷な環境で高地トレーニングをして、心肺機能の負荷を高め、潜在能力を高めるのにも通じるところがあると考えます。

もし、よりヒットさせることが難しい、ビジネス書の分野において、販売力を高めることができるのなら、小説を売る技術をも更に高めることができる。

重力が高い場所で生活していた人が、一度通常の重力に戻ると、ジャンプ力が増すように。

 

「最近、ビジネス書が売れないから縮小しようと思っているんだよね」

 

では、この業界の未来は、このまま単に縮小していくことになります。

 

そうではなく、あえて、ビジネス書からチャレンジして、販売力を高めてみてはいかがでしょうか。

 

天狼院は、さまざまなプロジェクトを通して、まずはそれを実践しようと考えております。

また、実践し、悪戦苦闘を繰り広げる中で、確実に販売力を磨いているのだと自負しております。

 

まもなく、さらなる兵器、「READING LIFE」がリリースされます。
これが、市場に投入されると、面白いことになると考えております。

 

この業界には、まだまだ成長する余地があると僕は信じております。

 


2012-10-06 | Posted in 天狼院通信, 記事

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