週刊READING LIFE vol.15

愛が「廃盤」になる前に《週刊READING LIFE「文具FANATIC!」》


記事:飯田峰空(READING LIFE 編集部ライターズ倶楽部)

 
 

「申し訳ございません。こちらの商品は、生産を終了しております」
あぁ……と思わず声が漏れた。聞きたくなかった。このショックをどこにぶつけたらいいか分からず、うなだれてお店を後にする。
もう何回目になるだろうか。また私は、この現実を受け止めなければいけないのか。
廃盤、という現実を。

私が愛用する文房具は、しょっちゅう廃盤になる。よく言えば、マニアックで通な好み。悪く言えば、感覚がずれていて人気や大多数のニーズとは無縁のあまのじゃくなのだろう。逆マーケティングとして、文具メーカーの商品開発を手伝いたいところだ。
バインダー、テープのり、クリップ、製本テープときて今回は名刺用紙。
お気に入りの文具が廃盤した場合、諦めて別の商品を探すしか方法はない。恋愛と一緒だ。新しい恋人を見つけて、その恋人との生活に慣れれば、いずれ元の人は忘れる。つらいけれど仕方がない、今までずっとそうしてきた。

しかし私には、別れなんて絶対に考えられない文具が一つある。
それは、ノートだ。

そこそこ大きな駅には大抵ある、「良品」を「無印」で売っているお店のリングノートに、私は恋をし続けている。
出会いは今から18年前、中学生の時にさかのぼる。最初はなんとなく、シンプルで使いやすそうだったから買ってみただけ。ところが、使ってみるとどんどんその魅力にはまっていった。表紙は白紙とポリプロピレンのカバーだけのシンプルで美しい見た目。字も絵も図も自在に書けるドット方眼。ペンで書いても裏写りが気にならない紙。360°回るリングはページをぐるっと折り返して立ってでも書ける。そして、たくさん書けるのに持ち運びしやすいA5サイズ。一つ一つはよくある特徴かもしれないが、この要素を全て兼ね備えたノートは私の理想だった。私のすることを優しく受け止めて、どんな時も守ってくれて、色々な場所に一緒に行ってくれる上に、シンプルな服装が似合うイケメンときたもんだ! このノートに恋をしてから、私の人生は色づき、書くことへの情熱は劇的に高まった。
日記やアイディアを書きためるのはもちろん、受験の時にはオリジナルの暗記ノートを作り、大学生の時は全教科をこのノートでとり、社会人になってからは仕事メモとして使っている。ノートを書き終えて、次のノートが欲しくなっても思いたった時にすぐに買えて、書きたい欲求とやる気を持続できるところも好きだ。
このようにして1年で3冊のペースで使っているノート。私の家には50冊以上のノートが、私の生きた証として残っている。

 

しかし半年前、事件が起こった。
いつものようにターミナル駅にある店舗に行き、文房具コーナーに向かった。すると、そのノートだけどこにもなかった。店員さんに聞いたら在庫がない、とのこと。珍しいなと思いつつも、次の用事で立ち寄った駅のお店に行っても、そこにもない。このあたりで嫌な予感がした私は、恐る恐る店員さんに廃盤かどうか聞いてみた。すると、「わからないが、どこの店舗でも品薄」と言うではないか。メディアにとりあげられて人気になった、というわけでもないらしい。理由がわからないほど怖いものはない。もしかしたら別れの瞬間が来るのかも……と不安がよぎった。

いつものように、恋人が私の元を去るのを何もせず黙ってみているというのか、と自分に問いかけた。別の恋を探して忘れようというのか。私の想いはそんな程度だったのか! 答えは、否だ。もう会えないなんて絶対嫌だ!
そして私は、このノートと付き合い続けるため、できることすべてをしようと決めた。もし、メーカーが廃盤に向けて動いているのならば、日本中、いや地球上にあるこのノートを買い占めてみせる!
それから、カタログを手に片っ端から店舗に電話をかけた。
「もう在庫はありません」
「2冊だけ、在庫がございます」
「入荷予定はありません」
そんなやり取りをして、関東6県の店舗で何とか13冊を確保した。あとは、ノート代より遥かに高い交通費を払ってその13冊を迎えに行くだけだ。しかし、それでも欲しい冊数には全然達していない。
そう思った時、何度も見たメーカーの通販サイトをふと見ると、それまでノートの欄は【在庫なし】だったのが【在庫あり】に変わっていた。
何かの間違いか、奇跡が起こったのか。それとも在庫一斉放出しようとしているのか。でも、もう理由なんてどうでもよかった。

おそるおそる一回に注文できる上限の「20冊」を選び、購入ボタンを押してみる。すると、いとも簡単に購入完了の画面に切り替わる。買えた! 在庫があるんだ! もう一度、同じ手順を繰り返し「20冊」でボタンを押す。また買えた!
電話で在庫を探した時間と労力は、何だったんだろうなんて思わない。ただそこにノートがあるという喜びが、どんどんボタンを押す手つきを加速させていく。そして、ついに最後のボタンを押した。

合計120冊。
1年で3冊として40年分。私が72歳になるまでのノートを確保した瞬間だった。

 

かくして、私はノートとの平穏な日々を取り戻した。何かをほぼ一生分買うことなんて初めてだったが、この買い物をしたからこそ気づいたことがある。
まずは、圧倒的な安心感を手にすることができた。もう品切れや廃盤に怯えることはない。メーカーが倒産したってへっちゃら。地球に異変が起こって、材料がとれなくなっても私はノートを使えるのだ。
私は、書道家として文字を書く仕事をしているし、こうして文章を紡ぐことも好きだ。そんな私にとって、「手で書く」ことについてストレスフリーになれたのは、精神衛生上でものすごく良かった。仕事のパートナーとして、心の内を吐き出せる存在として、大切なノートをこの先ずっと使い続けられる安心感は、まるで人生の伴侶と永遠を誓ったような気分だ。

そしてもう一つは、ノートの入った段ボールを見て思った。今、120冊のノートは4箱の小さい段ボールに収まっている。もっと部屋のスペースを占拠すると思ったのに、意外と体積がないのだ。40年という時間の積み重ねをものの大きさで見ると、思ったより小さいことを痛感するのだ。人生の持ち時間は多くはなくて、無駄にしている暇はないということをノートが教えてくれた。
と同時に、別のことも頭に浮かんだ。私のこれから40年の思考や日々の格闘は、この程度の大きさで収まるものなのかと。もっと多くのことに触れ、深く考え、例えばこのノートを20年で使いきるくらいの充実した毎日を過ごせば、私はもっと成長し、濃厚な人生を送れるのではないか。人生の伴侶であるノートが私にそれを気づかせ、奮起させてくれたのだ。

 

実はその後、ノートが品薄だった原因がわかった。商品番号を変更するために旧品番のものを売り切って、切り替えるタイミングだったそうで、今はお店に在庫がある。完全に取越し苦労だったのだが、それもかわいい笑い話だ。

愛するほど惚れ込んでいる文具がある人は、思い切ってぜひ一生分買ってみてほしい。文具があなたに新しい世界を見せてくれるはずだ。

 
 

ライタープロフィール

飯田峰空(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
神奈川県生まれ、東京都在住。
大学卒業後、出版社・スポーツメーカーに勤務。その後、26年続けている書道で独立。書道家として、商品ロゴ、広告・テレビの番組タイトルなどを手がけている。文字に命とストーリーを吹き込んで届けるのがテーマ。魅力的な文章を書きたくて、天狼院書店ライティング・ゼミに参加。2020年東京オリンピックに、書道家・作家として関わるのが目標。

http://tenro-in.com/zemi/66768


2019-01-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.15

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