「何が何でも」の男が教えてくれたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:神保あゆ(ライティング・ゼミ平日コース)
もう時効だろうからいいだろう。
今から25年前。
大学生の頃、とにかくモテた。
いったい何人に告白されたのか数えきれないほど告白されてきたし、道を歩けばナンパされるのも日常で、特に何の感情も湧いてこないという、とにかく若かった!
バブルが弾けたといっても、今ほど不景気でもなく、「バブルの残り香?」がまだまだ漂っている業界がたくさんあった。
当時、小料理屋でアルバイトをしており、そこは学生が気軽に立ち寄れるようなお店ではなかったため、出会う人は必然的に年上の働いている人ばかりであった。
大学で声をかけてくる男子学生がみな幼く見えて、「私はもっと大人なんだ。いろんなことを知っているのだ」という、謎の自意識があった。
そんな私の自意識が、ある日、へし折られた。
初めて出会ってから、ことある度に口説かれ、それをさらりと受け流す。
いろんな角度から、私が「嫌だなー」と感じない程度に、つかず離れず口説いてくる人がいた。
会社経営もされていて、詳しく聞くのもなんとなく、少し怖い気がしたので、立ち入らなかったが、普通の人ではなかった。
お話してみると、社会情勢、経済情勢、スポーツのこと、有名人との付き合いのこと。
田舎から出てきた女子大生の私には刺激的な話題が豊富で、興味をそそられる対象ではあった。
今思うと、そりゃ当たり前だ。
私より一回り以上年上なんだから。
当時は、そんなこと考えられないほどに私はスレていなかった。
まんまと「おっさんマジック」にひっかかっていたのかもしれない。
初めての出会いから2年以上経って、あまりにもお誘いが続くものだから、まあ、悪い人じゃなさそうだし、お肉も食べたいし。
焼き肉のお誘いに乗ることにした。
待ち合わせ場所に行くと、その人はとても不機嫌だった。
2年越しで口説いてきて、初めてのデートでいきなり不機嫌になるおっさんの心境がわからない。
不機嫌なおっさんは、私にとってはただの「怖いおっさん」である。
恐る恐る
「お待たせしました」
と言うと
「1分の遅刻や」
と言われた。
「たかが1分と思ったか? それは違う。1分でも1時間でも、遅刻は遅刻や。遅れたことに変わりはない。はい、怖いおじさんはここまで。肉食べに行くで」
その後の肉の味は、高級だったにも関わらず、正直覚えていない。
1分くらい遅れても大丈夫……というか、何も考えていなかった。
「ええか。あゆは大切な約束に遅れるか? 例えば、就職試験に遅刻するか? しないやろ? 絶対間に合うように行くやろ? じゃ、なんでオレとの約束に遅れたかというと、それほど大切には思ってないからや」
その通りである。
大切に思ってなかったのである。
モテすぎた大学生の頃、デートに遅れても咎められたことなどなかった。
バブルの残り香が漂っていた時代、若くて少しこましな話ができるから、年上のおじさまからはそこそこの需要があった。
遅刻で注意されるなんてことは、皆無だった。
そんな私の傲慢な態度を、ピシャリと叱ってくれたのだ。
大人だけあり、その後はいつもと変わらず接してくれたのも、勉強させられた。
「ええか。しょうもないとこで信用を失うな。絶対遅れるな。『あゆは遅れるかもしれない人』という印象を持たせるな。これから社会に出ていく。会社を経営するようになるかもしれない。そんな時に大切になるのは『信用してもらえること』や」
「7つの習慣」のスティーブン・R・コヴィー博士も「信頼貯金」という言葉で書いている。
これは、大人になってから知ったことだが、同じ事を彼は言ってくれていたのだ。
この一件以降、「遅刻は厳禁」と脳内にインプットされた。
今でこそ、スマホがあるので、遅刻しそうになればLINEで連絡できるが、当時はポケベルも持っていなかったので、遅刻は致命傷。
「何が何でも遅れるな。少し余裕を持って家を出たらええ話や。オレとはええねん。外で不細工なことするな」
アルバイト先でも早めに出勤して
「あゆちゃんはいつも早く来てくれるから安心」
と、ママに言われていた。
10分早く出勤するだけで、信頼され、安心され、特別にかわいがってもらえた。
人生の先輩として、当たり前のことを、彼は教えてくれた。
「鬱陶しいおっさん」
と私が思うかもしれないところを、敢えて注意してくれた。
正直、彼に叱られるのが怖かったというのもあるが、それ以降は「遅刻しない女」である。
あれから25年。
今では誰もがスマホを持つ時代。
スマホ1台あれば、乗りたい電車をすぐ調べられ、到着時間も瞬時にわかる。
グーグルマップを開けば、行きたい場所に連れて行ってくれる。
とても方向音痴な私は、初めて行く場所には、予定到着時間の1時間前には着くようにしている。
例えどれだけ迷っても、1時間余裕があれば、会場を探し当てられるものだ。
私にとって大切な約束かどうかは関係ない。
「信頼貯金」を引き出さなくても済むように、1本早めの電車に乗る。
何が何でも、どんな小さな約束も守っていた彼から教わったこと。
今日も「駅から徒歩5分」の会場へ行くのに迷いに迷ったけれど、遅刻しないで済んだよ。
25年前の彼に「ありがとう」と心の中で呟く。
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