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メディアグランプリ

どこにいるのかわからない敵と戦うあなたへ武装解除のススメ


 
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:のぐちまりゑ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「過去のモノと向き合うことは、自分自身に対する偏見を塗り直して固めていくような作業だ」
 
片づけ・断捨離ブームのさなか、とある本でこのような表現を見かけた。
読んだ当時は「どういうことだろう?」と腑に落ちないままだった。
 

 
断捨離をしてもなかなか減らないモノといえば「思い出の品」である。
 
幼い頃からの写真、卒業アルバムや文集、友だちからもらった手紙。
当時の思いをそのままに残してある日記、手帳などもたくさんあるだろう。
 
これらは誰にとっても大事なものだから、「捨てない」という選択肢も大いにありうる。
 
しかしわたしの場合、写真や日記を眺めている時間で、心がとてもモヤモヤしていたのだ。
 
当時のことを思い出して、
 
「よかったな、楽しかったな」
 
と思うときもあれば、
 
「あのとき、何であんなことしてたんだろう……」
 
と思うときもあった。
どちらかというとネガティブな感じの方が多かったのである。
 
片づけで大事なモノだけを残しているのに、嫌な気分が増えていく。
 
なぜこんな気分になるのだろうか?
 
日記を書いていた当時の自分は、幼いながらもいろんな人に気を遣っていた。
こうすれば怒られなくて済む、こうすれば褒められる、こうすれば相手は喜んでくれる。
そういう考えのもとで生活をしていたように思う。家でも学校でも。
 
だから、あぁすごく気を遣っていたんだなぁ、大変だったんだなぁ、と感じてしまう。
もっと楽に楽しく過ごしていいんだよ、と言いたくなってしまうのだ。
 
そんな状態で片づけのたびに日記や写真を見返すと、今の自分が過去の自分に影響されそうになってしまう。
だからモヤモヤを感じていたのだ。
 
部屋を片づけて、スッキリして、新鮮な気持ちでこれからを過ごしたい。
なのに過去に引きずられてモヤモヤしてしまうのは、本末転倒に思えた。
 
そこで冒頭の言葉を思い出したのである。
 
「過去のモノと向き合うことは、自分自身に対する偏見を塗り直して固めていくような作業だ」
 
そのとおりだった。
 
過去の「至らない自分」を何度も復習することで、いわゆる「セルフイメージ」が悪いままになっていたのだ。
自分に対して偏見を持っているなんて意外だった。
その偏見のせいで、現在の自分の捉え方までが影響を受けてしまう。
 
この仕組みがわかったとき、あぁ捨ててもいいのか、とようやく思えたのである。
 
日記も写真もなくていい。
当時のよかった思い出は全部覚えている。
だからモヤモヤする思い出は捨てていい。
過去をチャラにはできないけど、これからの生活の足かせになるくらいだったら捨てていい。
過去を参考にした戒めや教訓なんていくらでも溢れている世の中なのだから。
 
と、ようやく判断することができたのだ。
 
そうやってどんどんモノを減らしていく中で、わかってきたことがある。
 
たとえば、日記や写真を捨てたら、過去の自分の記憶まで捨ててしまって、自分の経験がゼロになってしまうような感覚があった。
捨てたら誰かに責められる気もした。
でも捨ててみたら、まったく何も問題はなかった。
 
つまり、自分を構成している要素は「モノ」という「物質」ではないということに気づいたのだ。
 
これを捨てたら自分ではなくなってしまう! というモノは確かにあるかもしれない。
でも、ほとんどのモノはそうではなかった。
これを手放しても自分という核は残るなぁ、と感じながら手放す作業をしていた。
 
もしあなたが、
 
「本当は捨てたいんだけど、捨てたらいけない気がする」
 
というモノを抱えているなら、ちょっと考えてみてほしい。
 
昔、大事にしていたぬいぐるみがある。
でも今はそんなに大事なモノではないから捨てたいなぁと思っている。
でも捨てたらダメな気がする……。
 
あなたを構成している要素は、そのぬいぐるみだけではないはずだ。
ぬいぐるみを買ってもらった時のお店の記憶や、買ってくれた人への愛情、ぬいぐるみを手にしたときの喜びの感情、それらすべてがあなたを構成している要素だ。
 
ぬいぐるみを捨てたら、それらの要素も全部消えてしまうかというと、絶対に消えない。
もう心に染み込んで一体になっているから。
 
あなたを構成する要素は、本当にその「モノ」なのだろうか?
一つひとつ確かめていくと、モノ自体がなくても自分は保てるとわかってくるはずだ。
 
そして何が「自分」を「自分」にしているのかも、はっきりとわかってくる。
 
経験、知識、感情、学んだことすべてだ。
それらは目に見えないけど確かに身について「自分」を構成している。
 
何かしらの「モノ」を、自分の戒めや罪悪感のために保管したり、誰かに見せつけるためにとっておくのは、武器として置いておくのと同じだ。
 
「自分」や「誰か」に対して、「誠実な自分」「もっと強い自分」などの価値を示せる武器である。
どこにいるのかもわからない、漠然とした敵と闘うために目に見えるモノという武器で周りを固めている。
 
片づけはそれを少しずつ解除していく作業だ。
 
武器を捨て、兜を外し、鎧を捨てる。
 
他者に対して「わたしは戦いません」と宣言する行為である。
 
モノを持つことによって価値を示す、という戦いからは抜けていい。
買うか買わないか、という競争からも脱していい。
責めてくる誰かのことも想像しないでいい。
 
それは自分に対して宣言することにもなる。
「戦わなくていいよ」と言い聞かせることにつながる。
 
自分を構成している要素は簡単にはなくならないから大丈夫。
モノを捨てても、自分は消えないから大丈夫。
 
戦わなくていい世界はものすごく楽だよ、と過去のわたしに教えてあげたいのである。
 
 
 
 
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2019-09-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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