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僕が『天気の子』を見られないいくつかの理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:黒崎良英(ライティング・ゼミ特講)
 
 

新海誠監督の映画『天気の子』がスゴイことになっているらしい。動員数は800万人を超え、興行収入はすでに100億円を超えているようだ。しかもそれを公開1ヶ月で成し遂げてしまうのだからスゴイ。今後も記録を更新して行くことであろう。
 
ただ、あろうことか私はこの作品を見ていない。
実に見たい。
大いに見たい。
前作の『君の名は。』がすばらしい作品だっただけに、この作品への期待は否応にも高まる。
すぐに見なければならぬ。
すべからく見なければならぬ。
 
が、同時に、私は「この映画を見られないだろう」という確信めいた予感がある。こんなにも見たいのに、である。
時間がない訳ではない。
映画館がない訳ではない。いや、田舎のこととて県内に数えるほどしかないのだが、それでも行ける範囲にある。
当然出し惜しむ金がない訳でもない。
 
ならばなぜか。
私は「映画館で映画を見ること」が苦手なのである。
この苦手は「どうしても見たい」という欲求をも凌駕する。おかげでこの20年間で映画館に行って見た映画の本数は片手で数えられるくらいである。
『劇場版Zガンダム』
『新暗行御使』
『真夜中の弥次さん喜多さん』
『劇場版ラブライブサンシャイン』
 
……4つだった。特に3つ目と4つ目でかなりの年数が経っている。
 
なぜこんなにも映画館が苦手なのか。自己分析してみると、いくつかの理由に思い至る。
 
まず一つ、いつか見られるだろうという安心感。映画作品なら何でもかんでもDVD・BD化される昨今である。何ならテレビの地上波で流れる場合もある。当然それまで待たなければならないが、逆説的に、待てるなら映画館に行かなくてもよい、と考えてしまう。
二つ目、私がかなりの出不精という点。外に出かけること自体がハードルになってしまう。
 
ただ二つとも、「見たい」という欲求を妨げるにはいささか威力が足りない。おそらく、であるが、私が映画館で映画を見られない大きな理由は、「不特定多数の他人と同じものを見る」という状況が、いたたまれないからだと思う。
特に「痛い」シーンや広告を見るときのあのいたたまれなさ。これが1人で家で見るならば、飛ばしたり消したりできるものの、映画館ではそんなことできる訳がない。そういうシーンになると、ついつい他の人の顔を覗き込んでしまう癖がある。
そして一番困るのが、感動的なシーンだ。これこそが映画の醍醐味であるはずの泣かせるシーンである。このとき私は無理にでも涙をこらえる。しかし、こらえきれずに涙は頬をくだる。それを見られるのがとてつもなくイヤなのである。
と言って、誰かがそれを(私ではないのだから)覗き込むことはないだろう。いや、涙の跡を見られたからといって、恥になる要素は一つもない。おそらく大半の人が感動的なシーンでは涙を流すだろうし、作り手もそれを期待しているはずである。
そう、映画を見て色々な意味で心を揺さぶられることに、何の心配もないのだ。
しかし救いようのないことに、私は映画館で感動することに、そしてそれが不特定多数の他人が居合わせる中で、ということに、とてつもない不安を覚えてしまうのだ。
 
いったい「映画館で映画を見る」とは、どういう行為なのであろうか?
当然、いち早く見る、とか大画面と音響設備で迫力ある映像を見る、といった映画館ならではの要素を求めることでもあるだろう。
しかしそれに加えて、映画館にはある種の特別感があると思う。家でDVDを見て感想を言い合うのと、映画館で見終わって感想を口にするのでは、何か違う気がする。
映画館の中というのは密閉された空間で、いわば非日常の空間である。もっと言えば、非日常を味あわせてくれる映画を、集中して見られるようにした空間である。ここでの感動は、家庭で見たときのそれではないはずだ。
「映画館で映画を見る」という行為は、より作品世界へ入り込む行為と言っても良いだろう。
もう一つ、感動の共有というのもあるかもしれない。その場に居合わせた名も知らぬ人々が、この時ばかりは同じ作品に心を委ねる。その感覚は魅力的に違いない。
 
私はそれが怖いのかもしれない。映画作品にのめり込み、そして心揺さぶられ、少し大げさだが感情をコントロールできなくなるのを、特に恐れているのかもしれない。そしてその感動が共有されてしまうことを。名もしれぬ誰かに推し測られてしまうことを。
そこまで感受性豊かだとは思えないのだが……
 
映画館に罪はない。ましてや作品に罪などあろうはずもない。罪があるとすれば、不安が先行して映画館に足を向かせない私自身である。
 
しかし、そうは言っても映画館に行った回数はゼロではない。あの片手で数えられた映画はその不安をも払拭できるほど、私にとって魅力的だったのか?
否、理由は単純である。「誘われた」のだ。
そう、外部からの要員は、小難しい理屈でダダをこねる私の心を一蹴した。
もはやこれしかない、と私の本能が告げている。
私が、映画『天気の子』を見に映画館へ行く手段はこれしかない。
すなわち、誰かに誘ってもらうことである!
そうであれば、私はまず100%断らない。そして色々不安になりながらも、無事に映画を見ることができるだろう。我ながら見事な解決策である。
 
ということで、どなたか私を映画に誘っていただけませんか?
 
 
 
 
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2019-09-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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