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撮影現場で学んだ、声をかけるというスキル


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山戸 美津子(ライティング・ゼミ特講)
 
 
「今日はテッペンまでには帰ろう」
「そこバミっといて」
「箱馬、あと何個要りますかね?」
大学生の時、私はそんな言葉が飛び交う分野の勉強をしていた。その分野とは、映画である。
 
大学卒業後は、映画とは何の関係もない職を転々として生きているが、同級生の中には、国内外の撮影現場で活躍している人や、俳優になった人、映画で地域を盛り上げようとイベントを立ち上げる人など、映画の世界に従事している人は多い。とにかくパワフルな同級生ばかりだった。
 
私は大学ではろくに機材も扱えず、パワフルどころか、授業中に貧血でぶっ倒れてしまうほどの虚弱体質なので、「撮影現場で働くのは無理だなあ」と早々に諦めた。
その代わり、得たものが大きく分けて二つある。
 
一つは、脚本を書くこと。
先生が「これは面白い、私が映像化しよう!」と言ってくれるような素晴らしい作品はとうとう卒業まで書けなかったが、撮影の授業で使うための、サンプル的なものであれば採用されたことがある。
何もできなかった私にとって、唯一残されたのは「書くこと」だった。だから、今もこうして、文章を書くことにしがみついていられるのかもしれない。
 
もう一つは、現場では声をかける、ということ。
これは現在でも役に立っている。撮影現場だけではなく、工事現場や、様々な職場でも使えると思っている。もちろん、家庭でも。
 
映像業界といえば、業界用語が常に飛び交っているイメージがあるかもしれない。実際、大学の撮影の授業でも、覚えたての用語をあれこれ言っていた記憶がある。現場でのみ通じる、共通言語のようなものだ。
 
しかし業界用語以前に、まず声をかけ合い、お互いに認識し合うことが、現場では何より大事だ。声かけは、一本の映画を大勢の人数で作るため、「自分たちはちゃんと目的地に向かっているのか」を確認するためのコンパスになり得る。
そして、それ以上に、基本的な安全確認になる。
 
例えば、カメラに新しいテープを入れて、カメラマンに渡すとする。その時、カメラマンがカメラの持ち手を掴み、「もらった」と言う。渡した方は「渡した」と言ってカメラから手を離す。こうした「もらった」「渡した」のやりとりは頻繁にある。
当時大学で支給されたカメラは約25万円相当のもので、当然壊すわけにはいかない。もし、無言でカメラを受け渡していたらどうだろう。カメラマンがカメラを受け取っていないのに、渡したほうが「受け取っただろう」と先に手を離してしまったら? カメラは地面に墜落、撮影どころではない。
 
「もらった」「渡した」というやりとりでなくてもいい。物を手渡す方が「持った? 手を離すよ」と相手に一言声をかけるだけでも違う。
家であれば、料理を盛り付けたお皿を家族に運んでもらう時や、重い荷物を家族に手渡す時に、こうしたやりとりをすることが多い。
 
また、混雑した電車の中で、「すみません、降ります」と一言言えばいいのに、無言でグイグイと周りの乗客を押しのけながら、電車を降りる人を見たことはないだろうか。
 
撮影現場では、特に狭い場所や、人の背後を通る時にはよく声かけをしていた。「ここ通りまーす」「後ろ通りまーす」と声をかけることで、周りの人に注意喚起するのだ。手ぶらでも、誰かとぶつかれば危ないし、高価な機材や、大きな舞台道具を運んでいる時は、ぶつかるどころか、こすることも許されない。しかも、撮影スケジュールがギリギリになっている時は、とにかく急いで移動しなければならないので、安全には必要以上に気をつける。
 
家や職場でも、危なそうだな、相手がこちらに気付いてないなと思ったら、なるべく「通ります」と声をかけるようにしている。
 
私たちは忍者ではないのだから、無言で気配を消して行動する必要はない。むしろ、ガヤガヤわちゃわちゃと混乱している現場を行き来するには、自分の存在を声かけによって常に発信する必要がある。
 
そう大学で学んできたが、実家に帰ったり、バイトに行ったりすると、世の中の人は意外と声をかけないなと思うことがある。
家では自発的に「洗い物したよ」「この荷物、家の中に運んでおくね」「これはどうすればいい?」と常に家族に声をかけるようにしている。ところが職場だとうまくいかないこともある。
 
大学の撮影現場では、段取りや確認が何よりも大事だと教えられたし、社会に出たら「ほう・れん・そう」が大事だなんてよく聞く。
ところが、私は確認したくて訊いているのに「適当でいいから、いちいち報告しなくていいから」と曖昧な返事で流され、困惑しながら仕事を進めていると「なんでこんなに作業が中途半端なんだ」と怒られたことがある。もちろん、上司に一から十まで事細かく指示を受け、言われたことだけしかやらない、というのはいけないが、そもそもの作業内容をあやふやにされたのでは、こちらもたまったものではない。
 
「こんなこと言わなくてもわかるだろう」
「まずい時は、誰かが気付いて手伝ってくれるだろう」
「私が歩いていれば、勝手に周りが避けてくれるだろう」
本当にそうだろうか?
 
自分が使いやすいからといって、黙って会社の機材の設定を変えたら、他の人たちは困ってしまう。自分の存在に気付いてもらえない時は、相手にわざわざ体当たりするんだろうか。確認もせず、話半分で仕事を進めるのは、どこに向かっているのかわからなくなる。無言で「察してくれ」と仕事や生活を続けるのは、最も危ないことだと思う。
 
コミュニケーション能力というのは、飲み会を盛り上げるスキルというより、毎日の小さな声かけのことなのではないだろうか。
 
いちいち声をかけられ、確認するのは煩わしいことだと私も思う。しかし、考えやイメージは、他人と全く同じには共有できない。だからこそ声をかける。確認する。相手がどう思っているか、少しでも正確に把握するために。
 
「私はこう動く、だからあなたにはこうしてほしい」
そんな声かけを、ちょっとずつでいいからやってみてほしい。
撮影現場では周囲に声をかけることしかできなかった、私からのお願いだ。
 
 
 
 
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2019-10-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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