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ひきこもり兄弟がすべき、たったひとつのこと。


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記事: MDR(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
兄はひきこもっていた。大学受験失敗から7年ほど。
 
両親は普通の人だ。ただ、父が東大卒だということを、母が言うことはあった。兄は学業優秀な人で、2歳差の次兄は学業は出来ない人。3番目の私は足して2で割ったくらい。学歴競争から降りた弟妹を見て、長子である兄はプレッシャーを感じていたのかもしれない。いや、親の期待を受け流すことはできた。それを押し付けないくらいの分別はある両親だ。でも、受け止める本人が繊細すぎたのだ。
 
兄がひきこもりを始めたころ、4歳差の私は高校生になった。兄は、普段は静かで時々爆発した。人には直接当たらなかったけれど、モノに当たった。兄が暴れるときの標的は、主に母と私だった。怒鳴りながら椅子を投げたり、CDラジカセを窓に投げたり、壁を拳でガンガンと殴って穴を開けたり、壁に油性ペンでグジャグジャと書いたりした。私は、泣きながら割れた窓ガラスを片付け、枠だけになった窓にゴミ袋をガムテープで張った。
 
何がきっかけとなるか分からないから、ドアを開ける音がすると緊張した。階段を下りる足音に耳を澄ました。家の中にいるときはずっと、緊張感で張り詰めていた。高校生活は普通に楽しかったけれど、家のことは誰にもいえなかった。帰りたくないなーと思いながらとぼとぼ帰る帰路は、惨めなものだった。
 
父は待つと決めたようで、何も言わない。母は憔悴してしまって、ごはんをつくるばかりだ。
 
そんな3年が過ぎ、私は東京に出ることになった。母だけ残すのは申し訳なかったけれど、この状況から逃げられる喜びのほうが大きかった。
 
そして一人暮らし2年目の夏。アパートに警察がやってきた。警察官は、ご実家に電話してください、とだけ言って帰っていった。電話をかけると、兄が出た。
 
「○○(次兄)が、交通事故で亡くなったんだよ」
 
両親が数年ぶりの旅行に出た間に、次兄が交通事故で亡くなったのだ。兄は、両親の旅行先も分からず、妹の電話番号も知らなかった。夜中に病院から電話が来て、警察が来て、自分しか家にいなかったため、対応せざるを得なかったらしい。数年ぶりに話す兄の声。ぼわっとした声。何年も人と話していない張りのない声。死んだ次兄もかわいそうだけれど、この兄もなんとかわいそうなんだ、と思って泣いた。
 
北海道に行っていた両親にも連絡がつき、戻ってきた。母は、兄にすがって泣いた。私は、ああ、あんなことされても親には愛があるのだなあ、とぼんやりと思った。葬儀の手続きをしたり、足りないものを買いに行ったりする兄を見るのは、不思議な感覚だった。私は、ネクタイを締められないという兄に締め方を教えた。何年か振りの、普通の会話だった。
 
それからも数年、兄は引きこもりを続けたけれど、ごはんを家族と食べられるようになり、深夜のバイトにも出られるようになった。
 
ひきこもり兄弟にできることは、風穴を開けることなのだろう。
親は子どもであるひきこもり本人との距離が近すぎて、何も出来ない。ひきこもり兄弟は、適度に距離をとりつつ、よどんだ家の中の空気を入れ替えることができる。
次兄は結局、体を張って風穴を開けたのだ。何も死ななくてもよかったけれど。
 
同じ頃、私が海外に出たのも、少しは風穴になったのかもしれない。海外と言ってもアフリカで、アメリカだとかのメジャーどころではない。青年海外協力隊という立場も、進学でも就職でもない中途半端なものだった。道端で買った変な絵はがきを時々送ったから、兄も見たかもしれない。立派な進路でなくても、何だか楽しそうにしていると、思ったかもしれない。
 
そして今、兄は海外にいる。自己主張強め、衛生概念少なめの国で、電車も時間通りに来ない。日に何度も手を洗っていた兄が大丈夫かと思ったけれど、もう10年になる。実家には、読めないパッケージのお菓子が詰まった荷物が時々届く。シンプルに、元気でがんばっていて欲しいと思う。
 
ひきこもり兄弟は、自分のしたいことをしたらいい。
それがいつか、風穴になるのだと思う。
 
したいことと言っても、世間体とか、一部上場企業とか、老後の不安とか、そういった基準で選んだものではない。そういう社会の怖さはひきこもり本人が一番よく分かっている。彼らはきっと、社会的に認められたいけれど実現できない自分、というギャップに苦しんでいる。だから、ひきこもり兄弟が社会に価値を置いた選択をしても、風穴にはなれない。そもそも風穴をつくろうと「努力する」のは間違っている。
 
自分の本当にしたいことを、すればいいんだ。
いいかげんでも、何者でもなくても、生きてていいんだ。
世界は広くて、美しいんだ。
 
そんなことを、自分が感じて、体現すること。それが、いつか巡り巡って家族への風穴になる。今、家族の問題の只中にいる人には、きれいごとに聞こえるかもしれない。でも、どうか腐らずに、目線を外に向けて、深呼吸をして。まずは兄弟である自分自身が、自分の人生を楽しんでほしいと、思うのです。
 
 
 
 
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2019-11-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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