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メディアグランプリ

将棋というボッコボコの殴り合いの世界


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松永 恵(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
パソコンの画面の向こうには、和装の棋士が2人。
向かい合って、将棋の盤面を見つめている。
静まり返った和室に聞こえるのは、息を吐く音と和服の絹連れの音。
時折響く、「パチン」という駒の音。
 
片方の棋士は、覗き込むような態勢で盤上の駒をじっと見つめる。
きっと頭の中では、次の次、さらに先の手順を必死に辿っている。
もう片方の棋士は、何かを探すように遠くを見つめている。
時折俯き、大きく息を吐き、また遠くを見る。
 
やがて大きく息を吸い込む音と同時に、最後の言葉が部屋に響き渡る。
「負けました」
 
この瞬間、片方は勝者となり、片方は敗者となる。
将棋に引き分けはない。敗者は負けたことを自分で宣告しなければならない。
残酷なまでの、けれどどこか儀式のような瞬間だ。
 
張りつめた緊張を解すように、見守っていた私は息を吐いた。
和装の棋士は画面の向こうで、感想戦を始めている。
さっきまで戦っていた相手同士が、今度は初手からどのように指したか、どこの局面で流れが変わったか、意見を出し合う。
 
死闘をかけて戦った後に分析しあう、この将棋というゲームが私は大好きだ。
 
私はテレビやネット中継で将棋の対戦を観て楽しむ、いわゆる『観る将』だ。
『ニコニコ生放送』という動画配信サービスによって、インターネットで将棋の生中継が配信されるようになって、将棋を観る機会が増えた。
将棋の知識がなくても、プロ棋士の対局を、他のプロ棋士が分かりやすく解説してくれる。
最近は人工知能が局面を解析し、次の一手予想を行ったり、どちらが有利なのかを数値化して教えてくれるシステムがあり、将棋がもっと身近になっている。
自然、将棋を指さずに観るファンも増えてきている。
 
こんな素人の将棋観戦者にも、ずっと将棋を観てきてなんとなく分かってきたことがある。
それは将棋はゲームと呼ぶには生ぬるく、殴り合いの世界だ、ということだ。
 
将棋はチェス等と同じく、ボードゲームの部類に属している。
ゲームという響きからすると、遊びの一種かな、と思われるかもしれないがとんでもない。
ゲームだけれどスポーツで、格闘技やボクシング、柔道や剣道のようでもある。
技を繰り出し、競い合う。
 
私も最初は穏やかな遊びだと思っていた。
「玉」を取られないための、日本の古い古いゲーム。
けれど『観る将』になって、それまであった将棋への価値観は一変した。
「棋士」の生き方、そのものに強烈に惹かれた。
ゲームだと思っていたものは、そんな生易しいものではなく、時には血みどろの戦いのようだった。
 
例えばこんなシーン。
序盤は緩やかに、丁寧に態勢を整えて穏やかに進む棋譜運び。
やがて中盤に差し掛かると一転、ボコボコの殴り合いに発展する。
胸倉を掴みあうような至近距離で、激しい攻防が始まる。
相手の攻撃に対して、受け手は守りに入る。
攻撃の手は休まることなく、次々にパンチが繰り出される。
その一瞬に生じた、わずかな隙。
受け手はじっと我慢して、そのわずかな隙を見逃さず、攻撃に転じる。
その攻撃は、殺傷力をもった強烈なボディーブローのような場合もある。
 
そんな時、私には棋士達が侍の切り合い、血みどろの殺し合いを行っているようにさえ見える。
プロ棋士の、将棋に対する熱量がとんでもないのだ。
全身全霊、まさに命を懸けて戦っているからだ。
将棋素人でも、画面から苦しみが伝わってくる。棋士は唸り、頭を抱え、項垂れ、空を仰ぎ見る。
 
「将棋が強くなる方法は、脳みそが汗をかくほど集中して、盤面を見つめることである」とは、棋聖位を通算5期以上保持し、永世棋聖(えいせいきせい)の称号を持つ、米長邦雄(よねながくにお)さんの言葉だ。
将棋に勝つために日々鍛錬し、研究し、将棋のことだけを考え盤面を見つめ続ける。
大人が、本気で脳をフル回転させ、脳に汗をかいて考えに考える。
そうしないと、将棋は強くなれないのだ。
 
プロ棋士を、こんなに苦しめ、悩ませる将棋。
私は将棋を観ることで、いつしか棋士に、自分の生き方を重ねて考えるようになっていた。
 
例えば普通の会社員である私は、仕事に対して、日々向き合って戦えているか。
分からないことを研究し、鍛錬し、徹底的に弱点をなくしているか。
脳に汗をかくほど集中して、考えつくして、最前手を出せているか。
 
愕然とするほど、そんなレベルに達していない。
日々割といいかげんに生きている私に、将棋は「もっともっと」と叱咤激励する。
本当は目を背けたいほど辛いことも多いけれど、棋士のように生きたい。
逃げずに鍛錬し、挑んで戦うように生きたい。
いつの間にか、私が将棋を観る時間は、自分の生き方の指針を見つめ直す時間となっていた。
 
将棋には何億、何兆、無限もの指し手、ルートがあり、恐らく正解はない。
そんな途方もない無謀なルートを探し当てるため、棋士は戦い続けている。
無限のルートから、勝負に勝つためのただ1つのルートを探す日々。
砂漠から砂粒一つ探すような、途方もない努力と奇跡だと私は思う。
 
今日もどこかで、静かな殴り合いの戦いが行われている。
ペラペラの将棋素人がいう言葉に、説得力はないかもしれないが、自分の生き方を見失いそうなとき、一度『観る将』になることをお勧めしたい。
 
 
 
 
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2019-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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