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人里離れた森カフェが、スマホ依存の私の五感をフルに刺激した“圏外の奇跡”


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田 さやか(ライティング・ゼミ3月コース)
 
 
これは困ったぞ。
私は、誰にも教えたくないカフェを見つけてしまった。
あまりにも素敵すぎて、そっと胸にしまっておきたいくらい。
なんて言ったって、“かわいいコンサートホール”だったのだ。あんな体験は、都会ではできない。
だってスマホが通じないのだ。
ん? 不便そう?
いやいや。
不便だから良かったのだ。
ここだけの話、どんなお店かこっそり教えちゃおう。
 
ちょうど1ヶ月前のこと。
私は山梨県にある小淵沢に来ていた。
小淵沢は八ヶ岳の南側に位置し、自然豊かな高原エリアだ。しかしその日は、あいにくの雨。霧がかり、車の運転が怖いくらいだった。
 
私は夫と、Googleマップで高評価だったカフェを目指していた。
車のナビが言う。
「目的地周辺です。音声案内を終了します」
辺りに店なんて見当たらなかった。
「ナビだとお店は、ここから奥の方だね。道がないな。どうやって行くんだろう?」
「ここに小さい道があるから、曲がってみようか」
地図にない道を入り、砂利道をゆっくり進む。
すると赤い屋根のかわいい店が森の間に見えてきた。ただ近づいても、駐車場がよくわからない。私たちは半ば諦めて、帰ろうとしていた時だった。
カフェの扉が開き、ご婦人が出てきた。
「どうぞ、こちらに停めてください」
私は気づいた。『彼女が口コミで絶賛されている方だ!』と。
 
クチコミは褒め言葉で溢れていた。
「素敵なご夫婦がやっているコーヒー専門店」とか、「これぞ接客の鏡」とか。
 
出てきた女性は噂通りの優しさがにじみ出ていた。車を降りると、また声をかけてくれた。
「コーヒー飲んでいかれますか?」
「はい」
「デッキが気持ちいいですから、ぜひ使ってください。みなさんコチラを気に入ってかれるんですよ」
彼女が椅子と机を並べだした。雨が降る中、デッキに出るなんて考えもしなかった。私たちは言われるがまま席についた。
「肌寒いね」
森の雨は、我々を歓迎してくれてないのかな? と思えた。
 
「この席ね、景色はいいけど寒いの。ブランケットならたくさんあるから使ってくださいね」
世間は5月でも夏日と大騒ぎしていた。しかし森の季節の流れは、都会ほど焦っていない。女性がそっと膝にかけてくれたブランケットは、心まで温めてくれた。
 
5分ほどだろうか。頼んだコーヒーと自家製ケーキが手元に届く。
「どうぞごゆっくり」
何かを楽しみに待つ女性の顔が、私は少し気になった。
 
コーヒーを飲みながら、二人とも無意識でスマホに手が伸びる。
「あれ? 電波きてないね」
私は顔を上げてみた。周りを見渡す。目の前はどこまでも続いていそうな深い森。緑は都会で見るより、青々としていて生命感を感じた。自分の五感が研ぎ澄まされていく瞬間だった。
 
そこからだ。
女性がこっそり、置いていったもの。
それは “森のコンサートチケット”。
私はもともと、自然が好きだ。特に雨の森は格別にいいのだ。葉に当たる雨音が心を落ち着かせてくれるから。
「雨音っていいよね」
「後ろから聞こえる川の音もよくない?」
しばし2人で、森のサウンドに聞き惚れた。
 
コーヒー片手に、夫とたわいもない会話も弾む。日常の些細なことも楽しく話せた。
 
「なんか雨、弱くなってきたんじゃない」
「ほんとだね。鳥の声もしてきたよ」
かわいいコーラス隊が、「待ってました!」とばかりに歌い出した。森のホールはよく響き渡る。つがいの歌声、ファミリーの歌声。川と森の音をバックコーラスに楽しんでいる。歌声は360度あらゆるところから聞こえてきた。
 
よく見ると、木々に都会では見ない鳥たちの姿。
「あそこのデッキ、知らない人来ているよ」
と噂話でもされている気がして、なんだか鳥の視線まで感じた。
 
耳を傾けるほど、歌声やおしゃべりがどんどん聞こえてくる。ぐずっている子の叫び声まで響いた。
「ねえ。あの鳥さ、“お腹すいた!”って言ってない?」
「ほんとだ! 聞こえるよ。面白いね」
 
スマホを置いたからこそ、聞こえてきたBGMがそこにはあった。五感を楽しむ時間は、心地いい。心の洗濯をしてもらえた。
 
コーヒーを飲み終えてからは、しばし森の匂いも味わった。澄んだ空気、木漏れ日、川のせせらぎ、どれだけでもいられそうだった。
 
「次の予定あるしそろそろ行こうか」
名残おしく席を立った。
精算をしに店内に入ると、笑顔いっぱいでご夫婦が迎えてくれた。
「どうでした? デッキ良かったでしょ?」
「鳥の声がすごいですね」
「雨上がりはね、みんな森から出てくるんですよ」
ご夫婦は、コンサートホールの居心地を誰よりも知っていた。
心が洗われた客の顔を、これまでたくさん見てきたのだろう。デトックスされた客の姿を楽しみに、店内で待っていたのかもしれない。
 
会計を済ませ、店を後にした。
 
「ステキなお店だったね」
車内で一言ぽろっと、夫に話した。しばし私は、車内の静かさの余韻に浸った。
 
はたと、冷静になって思った。
「ああ。自分ってスマホに依存していたな」と。
私はちょっと時間があると、カバンからスマホを引っ張りだす。何となく眺める。手元にないと落ち着かないこともあるくらい。
明らかに依存している。
私は周りにある、キレイな景色を見逃していたのかもしれない。
思えば私は、なんて“きゅうくつ”な生活をしていたのだろうか。
その日から、スマホを手放す時間を大切にしたいと考えるようになった。
 
でも習慣化とは恐ろしい。
名古屋に戻った今も、依存は抜けていない。だけど、少しずつ意識している。
 
「スマホをお風呂に持ち込まない」

「夜寝る前に、触る時間を減らす」
 
そんな小さなルールが、自分の心と目の疲れを和らげてくれ始めた。
 
山のコンサートホールで、今日も誰かが五感を取り戻しているかもしれない。
私もスマホをそっと置いて、耳を澄ましてみる。
すると都会の鳥たちが、楽しそうに歌声を響かせていた。
 
 
 
 
***

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2025-06-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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