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メディアグランプリ

どんな仕事もお客様ファーストで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:いしだあい(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「責任者を出せよ!」
 
サラリーマン風の男性の大声が受付に響く。間違いない、クレームだ。平謝りの後輩の横で私は立ちすくんだ。だってその日の責任者は私だったのだから。
 
「私が責任者です……」
恐る恐るそう言うと、お客様の顔が怒りで歪んでいった。
「そうじゃない! 上司を出せって言ってるんだよ!」
 
そう言われることは最初からわかっていた。ミスをしてしまった後輩は一つ年下で、どちらかというと普段は仕事がよくできるタイプだ。顔を真っ赤にして頭を下げている。私も頭を下げながら「お客様にとって必要なことはなんだろう……」と考えていた。
 
入社から3年目、仕事を一通り経験したけれど社会人経験が十分とは言えない22歳だった春。その年の4月に着任した営業所長の下、職場の体制ががらりと変わった。持ち場ごとに輪番制の責任者が置かれることになったのだ。しかも日替わりで。
働いていた私たちの理解もあいまいなまま、入社3年目以降の社員は「責任者」と書かれた腕章をして仕事をしなければならなくなった。8人のチームで受付の業務を任されていた私にも週に1回の責任者がまわってきた。
 
旅行業界のゴールデンウィーク前の時期は、年度最初の繁忙期である。とにかく予約数が膨大なものだから受付担当チームは3月からゴールデンウィークが終わるまで忙しさが続くのだった。4月に入社したばかりの新入社員をゴールデンウィーク前に間に合うように育てるのがこの職場のならわしだったけれど、新入社員がクレーム対応も含めて応対できるようになるのはもっと先のことだから、入社2年目以降の社員でなんとか乗り切るしかなかった。そんな中、ミスは発生してしまう。お客様をお待たせする時間も長くなってしまい、結果としてクレームも増えてしまうのだった。
 
輪番責任者には、担当日に起きたトラブルやクレームをその場でおさめることが求められていた。年齢にかかわらず責任者の腕章を付けたら「責任者」なのである。ところが、若者が「申し訳ございません」と謝ったところでお客様の怒りは収まらない。確かその日のクレームは指定席の予約が横並びの席で取れなかったことだったと思うのだけれど。いつしかお客様の怒りは「なぜこんな若者を責任者として配置しておくのか」という不満に変わっていた。
「これを付けてれば責任者なのか! 早く上司を出してくれ」
腕章を指さして怒っているお客様に
「おっしゃることはごもっともでございます……」
と伝えるのが精一杯だった。
 
結局、このときはチームの上司に当たる課長が事務所から登場し、お客様を別室にお通しして一件落着となった。課長がどんな対応をしたのか、扉の中のことはよくわからなかったのだけれど、上司を出せというお客様の要望は叶ったということだったのだろうか……。これがお客様に必要なことだったのだろうか……。
 
「もっとうまくクレーム処理できなかったの? オレを呼ぶんじゃないよ」
課長からは小言を言われてしまった。
「お客様のことを考えたら、私じゃなくて課長がすぐ出てくればよかったんじゃないですか?」
なんて言い返すことは、当時の私には絶対にできないことだった。
 
その後もクレームが起きるたびに似たようなことは何度も繰り返されて「輪番責任者なんて、やりたくない」という声が社員の間に広がっていった。
 
ある日、私の教育担当だった先輩とランチに出かけることになった。職場近くの定食屋のカウンター席で生姜焼きを食べながら、先輩が会社を辞めると言い出した。
「今の体制はお客様ファーストとは言えないと思うの。言いたいこと言って辞めるわ」
私より10歳年上の先輩は新人研修を担当しているベテラン社員だった。「お客様ファースト」は先輩が作った言葉らしかった。「顧客満足」という言葉をわかりやすく言いかえてくださったのだと思うけれど、新人研修で何度も繰り返し聞かされたお決まりのフレーズだった。
 
輪番責任者のやり方がお客様ファーストと言えるかどうかは私も疑問に思っていたので、先輩が辞めると言ってもあまり驚かなかったけれど「先輩が言ってくれたら、何かが変わるんじゃないか」と私はひそかに期待した。
 
けれど。
結局は何も変わらないまま、その年の冬に先輩は会社を辞めた。上のほうはわかっちゃくれないという諦めムードが社内全体に漂って、ポツリポツリと退職者が出始めた。つられるように私も会社を辞めた。
 
あの責任者の腕章が今も使われているのかどうかはわからない。私も何度か転職をしていろんな仕事をしてきたし、世の中も当時とはまるで違っている。効率や生産性が大事だと言われる今でも私は「お客様ファーストの視点を私は忘れてはいないだろうか」と考えながら仕事をしているように思っている。もうクセのようになっているのかもしれない。
 
あの頃の先輩の年齢をはるかに越えてしまったけれど、もし先輩に会うことができたなら
「大事なことは、そう簡単に変わらないみたいですね」
と伝えたい。先輩はお元気でいらっしゃるだろうか。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2019-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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