メディアグランプリ

カメラが写し出したものは……


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事:石崎彩(ライティングゼミ・平日コース)
 
イスに座った私の左隣には、同じくイスに座った女性が膝の上にムーミンのビスケットをのせていた。
それをじっと真剣に見つめる女性の手には、ミラーレスのカメラ。
「かわいい女性だな。きっとムーミンが好きなんだろうな」と心の中でつぶやく。
 
私の右隣に座った男性は、白いソフトクリームの上の部分だけのようなモノをのせていた。同様に、手には一眼レフのカメラを持ち、真剣な眼差しで白いそれを見つめている。
「……あれは果たして食べ物なのだろうか? 後で聞いてみよう」
 
そして、「いかん、集中しなくては」と視線を自分の膝の上に戻すと、バンバンジーが具として巻かれた「海苔巻き」が置かれている。
私が一番好きな食べ物ではない(……)。
だからなかなか気持ちが入らないが、それでも一生懸命膝に海苔巻きを観察して、「黒いそいつ」の良い点を見つけようとする。
 
10人ほどがイスに腰掛け、食べ物をじっと観察する不思議な時間が流れた。
つい先ほど、それぞれ持ってきた食べ物を見つめるように指示したのは、私たちの前に立つプロのカメラマン。
ここは、初心者向けの写真教室なのだ。
 
「来週は、自分が『大好きな食べ物』と『目隠し』を持ってきてくださいね!」
 
先週の授業の最後に先生が私たちに言った。
多分持ってきた食べ物を撮るんだろうなと予測はしていたけど、目隠しってなんだ?
疑問に思いながら1週間過ごしたのに、まさか「大好きな食べ物」も「目隠し」も忘れてしまうとは……。
 
好きとか嫌いとか、そんな基準で見てなかったバンバンジー海苔巻き。
一番安くて、手で食べられる。おまけに米だから腹持ちしやすそうだと思った。
そんな理由で、写真教室に来る前にスーパーで買ったのだ。
お昼に食べようと思っていた私のご飯。
 
今回の授業は、案の定持ってきた食べ物の写真を撮影することだった。
 
「みんなが好きなその食べ物を今以上に美味しそうに撮るにはどうしたらいいと思いますか?」
みんな考えるが、それを積極的に口に出す人はいない。
心の中で「お腹が減っている時であれば、なんでも美味しそうに撮れそう」と発言してみる。
 
「……美味しそうに撮るには、食べ物のことを徹底的に観察し、想像することです。究極は、その食べ物に自分がなり切ってしまうこと」
 
そう先生に告げられ、一同観察タイムになった。
「美味しそうに撮るって、技術の話じゃないんかい」と、ろくな回答を思いつかなかったくせに心の中で突っ込む。
 
膝の上に置かれた海苔巻き。
海苔、米、バンバンジー、パック。それぞれの要素に分解して想像する。
「バンバンジーは鶏肉だよね。あれ? たれってどんな味だっけ? ゴマだれ?」
「海苔って、どうやって作るんだろう……」
「米は米だよね。あ、一応酢飯か? 国産米かな、外国産の米だったらちょっとやだな。
工場で作られているはずだから、きっと大量に炊ける業務用の機械で炊かれたんだろうなぁ。
そういえば、お母さんが元気な頃は惣菜工場でパートしていたっけ。年末は大量のケーキとおせち作りでいつも帰りが遅かった……」
 
高校生の頃、年末に母のパート先にバイトに行ったことを思い出した。
ベルトコンベアーで流れてくる白いケーキの土台。
自分の前に来たら、カットメロンを素早く、適切な位置にのせる。
流れるケーキに隣の人がまた別のフルーツを均一的な動きでのせていく。
 
メロンを取るためには、それが浸された甘くて冷たい汁に手を入れなければならない。
30分もしないうちに手の感覚がなくなってくる。
薄いゴム手袋では全く歯が立たない。
1時間もすると、気を紛らわすための考え事もなくなってきて、ひたすら時間が流れることを祈った。
 
ふと顔を上げると、2つほどベルトコンベアーを挟んだ向こうのテーブルで、母がパックを包んでいる。
慣れた手つきでどんどん完成していく製品。
母が働いている姿を見るのは、恥ずかしかった。
けど、こんなに大変で忍耐力のいる仕事を淡々とこなしていく姿は「先輩」だった。
社会人として、母に頼もしさを感じたのは初めてだったと思う。
 
そんな母が、パート先で倒れたと聞いたのは3年前だっただろうか。
転んで後頭部を打ったのだ。
意識は少しあったものの、そのまましばらく立ち上がれなかった。
兄が直接迎えに行き、病院に連れて行った。
 
しばらく前から、「手が痺れる。たまにうまく動かないの」と言っていた母。
少しずつ症状は悪化し、足も動きにくくなっていたようだ。
それから仕事を辞めて、治療に専念するようになったが、医師からは「改善しない病気、緩やかに症状が進む病気」だと告げられた。
 
来月からデイサービスに通うことが決まったと、先日兄から電話があった。
 
「食べ物になりきれましたか? その食べ物がどういう工程で生まれ、今自分の手元に来たのかまで想像できましたか? もうそれはただの食品ではありませんね。では、次に目隠しをしてシャッターを切りましょう」
 
先生の言葉で現実に引き戻される。
 
目隠しを忘れたことに困っていると、隣の女性がホットアイマスクを1つ恵んでくれた。
お礼を言い、すぐ目元に装着するとじんわりあったかい。
目が見えないまま、そこにあるだろう海苔巻きに向けてカメラを構える。
 
……母は、自分の感情をあまり出さずに我慢する人だった。人のことを考える人だった。
自分の体が悪くなっても、心配をかけまいとする。
ラインで度々「元気にしている?」と気遣ってくれる人だった。
そのラインも、今は指が動かず途絶えてしまって久しい。
 
目の奥が熱い。
 
シャッターを切る。
 
ゆっくりとアイマスクを外す。
 
そこには変わらない姿で海苔巻きがあったけれど、それはもう私にとって海苔巻きじゃなくなってしまっていた。
 
「写真を上手く撮るには、被写体の奥深くに入り込み引き出す、いわばコミュニケーションが必要です。『見る』のと、『見えている』ことは違う。
カメラが上達していくと、実際の被写体よりも多くを映し出すことができるようになってきますよ」
 
見たままにきれいに写真を撮れるようになりたいと思っていたのに。
写真は撮る側の感情をも引き出してしまうものだった。
 
 
 
 
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2019-12-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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