たった一つで子供が幸せになる魔法
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ日曜コース)
わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい。
男児を授かった母親のほとんどは、そんな風に願うのではないか。
私も息子が産まれた時、サッカーや野球など外遊びの好きな、たくましい少年に育ってほしいと思った。
生後10ヵ月。普通より早く伝い歩きを始めた頃は
「すごい! 歩く意欲が他の子より高い!」
と手放しで喜んだ。
一歳の誕生日を迎える前に、一人歩きを始めた時は
「素晴らしい! こんなに早く歩けるなんて生まれつき身体能力が高いのね!」
と親ばか丸出しで、よちよち歩きの息子を頼もしく思った。
だが、そこまでだった。
一歳になって保育所に通い始めると、部屋の壁を背に座りこみ、何をするでもなくぼーっと周囲を見ているような子になってしまった。もしかしたら、3月生まれで体が小さかったせいで、4月生れで体格の良いクラスメイトに圧倒されていたのかも知れない。
とにかく、どうやら息子がたくましく育っていないことだけはわかった。
私に似たのか?
小中高と体育が大嫌いだったことを思い出す。走れば遅く、投げれば飛ばず、泳げば進まず……運動全般に苦手意識があり、コンプレックスの塊だった。
しかし、息子には私と違って、運動のできる父親がいる。
「そっくり!」
と誰からも言われる父親は、外遊びが好きで、率先して仲間を集めて野球やサッカーをする子供だった。中学はサッカー部、大人になってからも誘われれば同僚とソフトボールをしている。
なぜ?
よりによって、一番似てほしくないところが私に似てしまうとは!
ちょっと(かなり)切なかった。
そんな息子は、どちらの親とも関係なく絵を描くのが好きだった。
好きこそものの上手なれで、他の子供たちと一緒に保育所に貼りだされる絵を見ていると、親ばかが優越感に浸れるような絵を描いた。
だから私は、お迎えに行って息子の絵を眺めるのが好きだったのだが……
「……(絶句)」
息子が4歳の秋、「運動会の思い出」というテーマで描かれた絵を見たときの衝撃は忘れられない。
他の子供たちが、お遊戯や、鉄棒や、かけっこの絵を思い思いに描いている中に一枚、異様な絵が混ざっていた。
白い画用紙のほぼ8割が、黒いクレヨンを斜めに往復させた乱雑な線で埋め尽くされている。絵とはいえない絵が、息子の描いたものだった。
真っ黒な絵を眺めながら、頭の中は真っ白になった。
なぜ息子がそんな絵を描いたのか、その場では何も考えられず、ショックで呆然としたまま家へ帰った。
その晩、息子と、娘(2歳)を寝かしつけた後、一人リビングの椅子に座って考えた。
先生から運動会の絵を描くように言われ、息子の心に浮かんだのはブラックホールのように真っ黒な気持ちだったということ。彼をそこまで追いつめたのは何だったのか。
振り返ると、ここ数か月、休みの日にはできるだけ公園へ鉄棒の練習をしに行っていた。お友達が逆上がりをする中、息子は補助がなければ前回りもできない。当然、保育所の先生からは家庭練習を促されていた。
「やだ、回るの怖い!」
というのが息子の気持ち。鉄棒の上で上体を支えた後、前へ向かって落ちる感じが怖いのだという。怖いから練習したくない。なのに、休みといえば鉄棒の前に連れていかれて、本当に辛かったのだろう。
縄跳びもできなかった。先生からは
「お母さんが、一緒に跳んであげてください」
とアドバイスを受けていた。
確かに跳ぶ感覚に慣れることが大切だと思い、仕事から帰宅して暗くなってからも、家の前でよく息子を誘った。
「一緒にやろう。ほら、前に立って」
私と一緒に、私が回す縄の中で飛び跳ねるのはできる。あとは自分で跳べるようになればいいだけだ。
「次は、普通に跳んでみようか」
息子に縄跳びを渡すと、自分ではなかなか跳ぼうとしない。ある時は、腰に縄跳びの端を巻き付けて、地面に伸びた反対側を振って
「ねこ!」
と、ミュージカル・キャッツの扮装を真似る始末。
やりたくないのにやらされて、縄跳びも本当に嫌だったのだろう。
息子にとって怖くて辛くて、できなくて嫌いなことを、なぜやらせようとしていたのか。
親のエゴ?
他の子たちができることは、最低でもできてほしいという期待。先生から、家庭でも頑張ってほしいと言われているのに、できなかったら恥ずかしいという気持ち。その恥ずかしさの中には、できるようにさせることが母親の義務であり、できなかったら母親である自分自身が能無しのレッテルを貼られてしまうような恐怖感……
これ全部、私の気持ちだ。
息子の気持ちはどうなのだろう。他の子と同じように出来るようにならなくてもいいのだろうか。
……他の子と同じように?
突然、脳天をハンマーで叩かれた気がした。
母親が問題なのだ!
子供はみんな、褒めてもらい、認めてもらいたくて、無意識に母親の期待に応えようとする。
私が息子を手放しで褒めるのは、他の子より早く立ったとか、他の子より絵が上手いとか、そんな時ばかりだった。息子はきっと、鉄棒も縄跳びも嫌いで、できるようになりたいとさえ思っていないのだろう。それでも、母親の期待には応えたいから渋々練習してみたものの、運動会で奇跡は起こらず、走ればビリ、鉄棒もやっぱり一人ではできなかった。運動会で大活躍する友達を「すごいね」と褒める無神経な母親に、どんな気持ちを抱いただろう。言葉にできない悲しさや悔しさが心の中に渦巻くのも当然だ。
息子の運動会をブラックホールにした張本人は私だった……
気づいたからには変わらねば。息子を変えるのではない。私が変わるのだ。
もう他の子と比較して、できないことを悲しんだり残念がったりするのはやめよう。やりたくないのに練習させるのもやめよう。運動音痴でも構わない。社会へ出ればどうってことない。現に私も普通に仕事をしているではないか。
ありのままを受け入れ、認めてあげること。
それだけできっと子供は幸せになれる。
見上げると、リビングの時計は午前4時を指していた。
息子の運動音痴を受け入れ、ありのままを肯定しようと決めた翌日から、驚くべきことが起こった。
それまで、2歳の妹に対して、通りすがりに小突いたり、遊んでいるオモチャを取り上げるなど、意味もなく行われていた意地悪を、息子がぴたりとしなくなったのだ。まるで魔法。
そして、慌てずせかさず待ちに待って、ついにその日は来た。
小学一年生の夏休みに入ってすぐ、家族が見守る前で息子は初めて補助なしで前回りに挑戦し、見事回り切った。
「やったね! できたね! よかった! すごい!」
家族全員が拍手しながら喜ぶのを見て、隣で逆上がりを練習していた女の子が怪訝そうに言った。
「なんで? 前回りでしょ?」
不思議かな? でも誰よりも遅くても、前回りが初めてできて幸せなの。
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