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教習所の落ちこぼれが見た未来


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:谷津智里(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
「少しゆっくり遊んで行ったらいいんじゃない……?」
思い切って言ってみたけれど、友人は困った笑顔を浮かべて黙っていた。
新潟県の教習所での合宿免許。
一緒に来た友人は順調にコマを進めていたけれど、私はだいぶ遅れを取っていた。
最初の教習から自分で車を動かしている感覚が分からなくて左側を何度も脱輪し、助手席の教官に何度もブレーキを踏まれた。やっと仮免許を取ることができたくらいの時、友人はすでに卒業目前だった。大学4年生の夏休みである。
それから少しして、友人は1人で東京へ帰って行った。
私は2人部屋に1人、取り残された。
 
最初は気怠そうだった教官の目が、私を東京に返さねばという使命感でギラギラ光り出し、毎日が真剣勝負だった。朝から晩まで車のことで頭がいっぱいになり、夜は友人のいなくなってしまった部屋で1人寂しく眠った。やっとのことで合格をもらって帰る時、涙目でお礼を言う私の肩を、教官はちょっと心配そうな目つきでポンと叩いた。
 
その後大学を卒業して就職し、埼玉郊外の営業担当となった。駅でレンタカーを借りるのだがナビの使い方が分からず、でも恥ずかしくて使い方を聞くことができず、紙の地図を頼りに発車したものの距離感が分からなくて、途中で停まれる場所を探しては何度も地図を確認した。暗くなってきた頃に住宅街へ迷い込んでしまい、「今日私は帰れるのだろうか」と泣きそうになったこともあった。初心者マークを持ち歩いてレンタカーにペタリと貼っていた、あの感触が忘れられない。
そんなんだから、免許を持っていても仕事以外ではまったく運転しなかった。
 
……そんな私が、である。
今じゃ、車生活最高!
もう、あの都会の電車生活には戻れない、と思っている。
 
ここは宮城県の最南端で、それなりの田舎。私は毎日、車に乗って出かけている。
車はなんと言ったって、どこへ行くにも「ドアツードア」だ。
満員電車も無いし、空調はいつも快適、多少の雨なら傘は持たない。
ひいこら言いながら重い荷物を持って階段を上がることもない。
買い物も楽々だし、温泉へも30分、スキー場へも30分、映画館もあるし、1時間もあれば海水浴にも果物狩りにも行けるのだ。渋滞なんて滅多になくていつもスイスイ、たまに混んでいると「なんで混んでるんだ!」と腹が立つ(笑)
そして、車から四季折々に見る景色が最高だ。春、川沿いに続く桜、初夏、水を張った鏡のように輝く田んぼ、夏、いっせいに萌える緑。秋、オレンジ色の宝石のようにたわわに実る柿、冬、粉砂糖をまぶしたような清々しい雪景色。車窓の風景は私の日常だ。
あの教習所での寂しい夜が、こんな楽しい未来につながっているとは思いもしなかった。
 
移住してきて最初の頃は、そりゃあ苦労した。
道を知らないから目的地にうまくたどり着けないことも当然あったし、初心者にとっては「えっ? そんなとこ、停められる!?」という状態の駐車場にみんなスイスイ停めているし。
軽くぶつけたことは、何度も……。
休みの日にせっせと車をキズ隠し用の布で磨いたり、タッチペンで塗ってみたり……。
でも、毎日毎日運転しているうちに、いつの間にかそういうこともなくなった。
習うより慣れろ、とはよく言ったものだ。
 
今では「こんな場所がある」「新しい店ができた」と聞けば山の中でも出かけて行く。どんなところへも自分の力だけで行ける感覚がスバラシイ。けっこうな山の中でもちゃんと道が通っていて、「よくこんなところまで道路引いたなあ」と、日本人のマメさに感心する。そのおかげで、amazonや楽天だってちゃんとすぐ来てくれるのだ。
自分の町だけではちょっと物足りなくても、気分転換したい時に「ああ、あそこへ行きたいな」と思いつくレパートリーは1時間圏内でいろいろある。自動車は地方の暮らしをものすごく大きく変えたと、昔のことは知らなくても納得する。移住する前は分からなかった感覚。自動車って、超・便利!
 
ただし。
そういう田舎生活にいたるには、ちょっぴり勇気が必要だったことは間違いない。
この辺りでも「運転が苦手だ」という人はいるし、「山道は走りたくない」という人もいる。知らない場所に行きたがらない人もいる。私だってそういう気持ちはあったけれど、それでもまず走ってみた。とにかく走ってみないと、道の先が見えなかった。逃げ場の無かったあの合宿免許と同じだ。今回はじっと閉じこもっていることもできなくはなかったけれど、そこで一歩踏み出していなかったら、今見ている世界は見えていなかった。
 
新しいことをやるのは面倒くさい。
上手くできなければなおさらだ。
「私はこれは苦手だから」とやめてしまいたくもなる。
でも人間は、本当は自分が思っているよりも適応能力があるのだと思う。
教習所で落ちこぼれ、宮城に移住するまでは「断然、電車派!」と思っていた私が、今じゃ「車バンザイ!」だ。人は変わるものである。あの時免許を取っておいて、営業の仕事で図らずも練習しておいて、本当によかった。
 
そんな経験から最近、取り組んでいることがある。
オンラインでの会議やイベントのスキルアップだ。
これまた、いろいろやろうと思うとメンドクサイ。ICTには日常的にお世話になっているが強いと言えるほどではない。何かトラブると夫に頼りきりである。分からないことをググっても、書いてあることの意味が分からず泣きたくなる。
でも、これらはきっと将来、自分の手の届く範囲を広げてくれる予感がある。きっとこれも、田舎での生活を大きく変えるイノベーションになる。だから、これは挑戦しておかないとまずい、将来の自分を不自由にしてしまう。そう思って、メンドクサクてもなるべく機会を作っている。
ブツクサ言いながらも続けていたものが、いつか自分にとって欠かせないスキルになるかもしれない。運転がそうであったように。うまくいかなくて徒労に感じる時間も、失敗して泣きたくなる夜もあっても、まあ、いいのだ。
10年後、20年後の自分を、今の私はまだ、知らない。
「ああ、ダメだなあ……」と疲れて落ち込んでも、1人寂しく布団を被ったあの新潟の夜を思い出し、私は今日も、安心して眠りにつくのだ。この小さな憂うつは、私が未来への小さな一歩を踏み出した証しなのだと納得して。
 
 
 
 
***

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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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