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『日本』が死ぬ前に


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽 叶(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
だいだい色に縦長のフォルム。
 
渋柿と甘柿の形の違いを知ったのは、干し柿を作るようになってからだ。
 
柿も栗などは買うものではなく、到来物。
どこからともなく、沢山あるのだけどいらない? と回ってくる。
 
横浜から広島に来てよかったなあ、と思うのはこんな時だ。
 
わーい、と飛びつくと、『しごうする』のが大変で、にわかに睡眠時間が削られる事態になるのだけれど、それに勝る出来上がりの美味しさを妄想して、黙々と作業する夜なべがたまらない。
 
『しごうする』というのは、下処理をする、という意味のこちらの方言なのだけど、この言葉がたまらなく好き。
 
特に秋のしごうする、は、最高潮に熟れている。
 
季節の移ろいとそれに伴ってやってくる季節の仕事の途切れることのない、美しい型というべきものに、ゾクゾクと鳥肌が立つくらい。
 
昔の人は、なんて無駄がなく美しい仕事をしたのだろう。
 
でも、一方で思う。
しごうする、は、死にかけている。
 
それは、『日本』が死ぬ、のと同義だ、と私は、危惧する。
 
***
祖母が亡くなった時に抱いたのは、後悔だった。
 
亡くなる数週間前に、祖母は、私が作った干し柿を、
 
「こんなに美味しい干し柿、久しぶりだに」
 
と、とても喜んで食べていたそうだ。
 
その喜びを間近に見ることは、できなかった。私が祖母に会いに行けたのは、かすかに口を開いても、もう声がでないような、今際の際だった。
 
もっとおばあちゃんから沢山のことを学びたかった……、時間ならいくらでもあったのに、祖母から習ったものはほとんどなかった。
 
大げさかもしれないけど、『日本の食文化』が途切れた、ということに気づいた時には、もう遅い、のだ。文化がどんどん失われた先に『日本』のアイデンティティもまた失われてしまう。私は、祖母の持っていた財産の大きさを想って泣いた。
 
祖母は、田舎の人だった。私が物心ついた頃には、田舎の家は引き払って、関東に住んでいたが、梅の時期には梅干しを作り、畑を耕し、犬のエサまで全て手作りしていた。しかし、晩年には、様々な都合で手仕事も畑仕事もできなくなってしまった。その頃から祖母は急に元気がなくなっていった気がする。
 
「長野にいた時には、味噌作りの手伝いが大変でね……、秋のおやつは栗か干し柿ばっかり。飽き飽きしていたわ」
 
でもね、この年になると、懐かしいのよね、干し柿の味が……、と母も目元をうるませながら、つぶやく。
 
母は、都会の生活にあこがれていたから、私には自然の香りを感じさせるものは、何も伝えてくれなかった。それは彼女の美徳で、彼女がしたかったことを余すところなく与えてくれたので、それを責めるつもりは毛頭ない。
 
けれど、そんな母が育てた、四大卒バリキャリ女子なんて、結婚して主婦になった時点で、プライドばかりが高い置き物だ……いや、置き物の方が金遣いも荒くなくてマシかもしれない。
 
暇ばかり持て余していた私は、秋に大量の栗を手に入れ、インターネットの情報を駆使しな
がら『しごうして』渋皮煮にした。それがびっくりするほど美味しくて、そこから私の季節の仕事への探求が始まった。
 
干し柿も秋の手仕事では外せない。渋柿の皮をむいて、皮も干す。実と同様、数日たつとシブがぬけて噛みしめると味わい深い、甘い版スルメのよう。
 
いやいや、つまみ食いしている場合ではない。干し柿の皮の本来の目的は別にある。ちょうどカラカラに皮が乾いた頃に、干しあがった大根と米ぬか、鷹の爪、塩、昆布をあわせて沢庵を仕込む。
 
この時期に収穫した米と大豆で、冬の寒い時期に味噌を作る。もち米で餅をつく。稲わらでお正月用のしめ縄飾りを作る、蒸した大豆を稲わらで包めば納豆だってできる。昔は、雪靴も、笠も稲わらから作っていたし、もちろん燃料にも、肥料にもなった。
 
自分たちで手間暇さえかければ、育てた自然の恵みを何も無駄にすることなく、お金を使うことなく色々なものが作れる。それが日本の自然との共存だったはずだ。
 
しかし、広島に来る前には、そんなこと何ひとつ知らなかったことなのだ。知らなくても生きていけたから。
 
今の時代は便利だから、お金を出せば大抵のものが買える。しかし、消費することが当たり前になってしまうと、それを自分が作ることができるという実感がなく、ふと自分は何も作り出すことができないような、お金がないと生きることができないような、心許ない気持ちになる。
 
それに、昨今のようなコロナ禍の状況がもっとひどくなった時に、気が付けば、本来は自給できていたはずの食糧が全く自給できなくなっていて立ち行かなくなる。現に日本の食料自給率は40%を切っていて、実は、兵糧攻めでもされたらひとたまりない……そんなところまで来ている。
 
一方、里山では若い人手がないため、柿やかんきつ類などの木は荒れ、獣害も問題になっているし、水田や田畑を放棄して荒れ地になっているところがたくさんあるのだ。
 
『日本の食文化』を支える農は衰退し、自給率はどんどん下がっていく。大都会と田舎が近い都市の両方で暮らしてきたからこそ、現実の流れが実感できて焦りが生まれる。
 
最近では、半農半Xという言葉のように、何かをしながら、自給自足ができる方法を模索している若い人たちも増えてきた。それに、インターネットを駆使すれば、色々な物の作り方も探し出すことができるので、やる気になりさえすれば季節の仕事をすることは可能だ。現に私は、インターネットで調べて沢山の季節の仕事をしてきたし、自分が季節の仕事を続けていくことが微力ながら食文化を守ることにつながればいいと願っている。
 
それはわかっているのだけど、『しごうする』に、人づてに教えてもらう呼吸とか、間……と表現したらいいのか、その後ろに広がる代々続いてきた命を守るための大切な何かを、祖母から受け取りたかったなあ、と思うのである。
 
それは、目に見えなくて、非科学的なものかもしれないけれど、インターネットは情報だけでその何かは受け取ることができないし、学校でも誰も教えてくれない。
 
だからこそ、私は、自分が10年近く積み重ね、これからも重ねていく想いや経験を、誰かに、少しでも、伝えていきたい。
 
私ができうる限りのことを伝えていかないと、きっとあっけなくなくなって、忘れ去られてないことになってしまうから。
 
日本を、日本の連綿と続く、文化の火を消したくない。
日本らしさが死ぬ前に、自分が持っている智恵を、次世代につなげたいのだ。
 
 
 
 
***

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2020-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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