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道はつながっている


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:三城 詩朗(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
今から十数年以上前、私が大学生だったころ。
奈良県にある公立高校を卒業した私は、1年間の浪人を経て、東京で学生生活を送っていた。
 
たしか大学2年生、20歳の春だったと思う。私はバイクに憧れていた。だが、学生の私に大きなバイクを買うお金はなかった。そんなとき、春休みで帰省していた私は、地元のバイク屋で値引きされている原付スクーターを見つけた。私は、ローンを組んでその原付を衝動買いした。人生で一番大きな買い物だった。
しかし、ここは奈良だ。大学のある東京まで、この原付を持っていかないといけない。私は、原付で東京に行こうと思い立った。下宿先は、東京の西のはずれの国立(くにたち)市というところにあった。
地図を見ながら、京都から滋賀と三重を抜けて愛知、静岡、神奈川を通って東京へ向かうルートを考えた。走行距離は460kmほどだ。当時、私は車で公道を走ったことすらなかったが、何とかなるだろうとたかをくくっていた。
 
奈良を発った日は曇り空だった。普段着にスニーカーで、ホームセンターで買った安いヘルメットをかぶった。スポーツバッグに替えの下着と地図を入れて原付に積み込んだ。心配半分、呆れ半分の顔をした母親と弟に見送られ、私は意気揚々と実家を後にした。
公道に出るのはほとんど初めてだった私は、周囲の車に怯えながら原付を走らせた。法律上、排気量50ccの原付は時速30km以内で走らなくてはならない。トコトコと道路の左隅を走る私の原付は、他の車にどんどん追い越されていった。
出発から2時間。京都を抜けて滋賀に入った。私は土地勘のない場所で道に迷い、山道に入り込んだ。周りはうっそうとした森だ。他の車や人の姿もほとんどない。私は心細くなってきた。
 
夕暮れどきの山道を原付で走りながら、私は実家に引き返すか悩んでいた。東京には新幹線で戻ろう。値段が張るかもしれないが、原付は業者に運んでもらおう。
だが、それ見たことかという顔をする家族の顔が浮かんだ。夜中の見知らぬ道を通って無事帰り着けるかどうかもわからない。私は泣きそうになりながら、原付を走らせた。
夜10時過ぎ、名古屋市街の明かりが見えてきたとき、私は心底ほっとした。目に留まったスーパー銭湯に原付を停め、銭湯の休憩スペースで雑魚寝することにした。
店内は、いわゆるガテン系のお客さんだらけだった。Tシャツの袖から入れ墨が見え隠れしているお兄さんがいる。寝ている人たちの間をこそこそと行き来しているおじいさんもいる。どうやら、スリの獲物を物色しているものと思われた。
とんでもないところに来てしまった。私は財布を入れたスポーツバッグを体にくくりつけて寝た。
 
出発から2日目。私は6時ごろに目覚めた。バッグの中身を確認する。何もなくなっていない。私は原付に跨って走り出した。
原付は国道1号線に入った。名古屋と東京をつなぐ幹線道路だ。昨日の山道とは違い、片側が3、4車線ある幅広の道が続く。身を縮めて道路の左端を走る私の原付のすぐそばを、大型トラックが勢いよく追い抜いていった。高速道路と変わらないスピードで車が流れている区間もある。小さな原付は完全に場違いだった。トラックに追い抜かれるたびに、風圧で倒れそうになった。間違って猛禽類の群れに紛れ込んだ雀にでもなった気分だった。
夜になり、静岡に入った。雨が降ってきた。激しい雨でヘルメットのシールドは水滴だらけだ。前がよく見えない。雨がヘルメットを伝って顔に垂れてくる。今日はもう休もうと、道路沿いのネットカフェに原付を停めた。朝から晩まで運転し続けてくたくただった。ネットカフェの入り口で、ずぶぬれの自分の姿が自動ドアに映った。ヘルメットをかぶっていたせいで、髪の毛はぺったんこになっている。どう見ても不審者だった。
温かいオムライスを食べ、シャワーを浴びた。ネットカフェの個室で、私は眠りに落ちた。
 
出発から3日目。私は公道に慣れてきて、もう周りの車に怯えることはなくなっていた。
神奈川を経て午後2時過ぎ、原付はついに東京に入った。だが、また道を間違えた私は、くねくねとした細い道をひたすら走っていた。「ここから東京都」の標識を見かけたものの、全く東京に入った実感がなかった。ここはほんとに東京なんだろうか。前日までとは違って快晴なのが救いだった。
しばらく走っていると急に視界が開け、きれいに舗装されている道路に出た。まっすぐな道が続いている。道路の両側の街路樹の緑色と、真っ青な空のコントラストがきれいだった。前方に青色の案内標識が見えてきた。標識には、「↑ 東京 八王子 国立」と書かれていた。
東京だ。国立が、この道の先にある。やっとここまでたどり着いた。そのときだった。「道はつながっているんだ」という思いが、私の中から強烈に湧き上がってきた。
 
私はヘルメットの中で、「つながってる」と独り言をいった。
私は、たしかに東京で暮らしてはいた。しかし東京は、新幹線でないと通り抜けられない膜で隔てられた、どこか遠くの場所のような気がしていた。私の肌感覚では、奈良と東京はつながっていない別の世界だった。
でも、奈良と東京は、散々迷いながら走ってきた道でちゃんと結ばれていた。そのとき私は、道はつながっているものだということを、単なる知識としてではなく心の底から理解した。テレビ番組のテロップみたいに、「道はつながっている」という文字が青空いっぱいに表示されているような気分だった。
 
原付を走らせながら、私はヘルメットの中で叫んだ。
「つながってる! つながってる!」
隣を走る車に乗っているカップル、路肩に止めたトラックの中で居眠りしているおじさん、歩道を歩いている親子連れ、そこらじゅうの人をつかまえて、「この道は日本中とつながってるんですよ!」と教えてあげたい気持ちだった。私はスロットルを思いっきり開けた。原付は、法定速度を超えて疾走した。
目に涙が滲んできた。涙を拭こうとハンドルから左手を離した。左手はヘルメットのシールドにコツンと当たり、私は自分がヘルメットをかぶっていたことを思い出した。ヘルメットが邪魔で涙を拭けない。視界がぼやけていく。
涙が出ていたが、私は思いっきり笑顔だった。泣きながら笑っている男が運転する原付は、国立市を目指してひた走っていった。
 
「道はつながっている」。文字にすれば当たり前のこのことは、強烈な実感となって20歳の私の中に残った。
それから十数年。この実感は、知らず知らずのうちに私を支えてくれているように思う。就職活動で悩んだとき、会社で世の中の厳しさに立ち尽くしているとき……。曲がりなりにも今社会生活を営めているのは、20歳の春に原付で走った460kmの旅のおかげだと思う。
走るのを止めさえしなければ、必ずどこかに辿り着くのだ。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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