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メディアグランプリ

優しさに包まれたくて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:森真由子(リーディング・ライティング講座)
 
 
心が、カサカサの砂漠と化していた。
全く潤いが足りていない。
 
家に帰ると、そのまま重い体をどさっとソファに預けた。
リビングにいる家族が私に声を掛けていた。彼らの口元を見たけれど、パクパクと動いているだけの映像のように見えた。
つけっぱなしになっているテレビからBGM代わりの音が流れていた、はずだ。
人の口から発せられた声も、機械を通して出た音も、するすると私の耳に留まることなく流れていった。
 
反応が鈍い私を見て、家族が不満そうにした。
「あ」とか、「ん」といった曖昧な返事しか言っていないのだから、当然だった。
それを分かっておきながら、今日は謝ることすらできなかった。
仕事やプライベートでもやもやしたまま帰ってきたとき、目に見えない何かに全身のエネルギーを中から吸い尽くされたかのように脱力していた。
そして身体と違って一方の心は、殺伐としていた。
 

 
エネルギッシュな人でありたいのに、何かがきっかけでこういう情けない自分になることが稀にある。
朝のぎゅうぎゅうの満員電車で押されて悪態をつくサラリーマンの気持ちが、なんとなく分かる。
帰りの電車でぼーっと窓の外を眺めているサラリーマンの気持ちも、なんとなく分かる。
みんな、余裕がないんだ。
 
私の顔はきっと、今は死んでいるように見えているに違いない。
何も考えられないはずのときに、ふと頭の中に、ある光景が流れた。
それは、私の頭が柔らかいものに包まれていて、心地良さを覚える光景だった……。
 
そんなとき、その心地の良さを意識的に思い起こしてくれた本とも出合った。
 

 
よしもとばななさんの『ハゴロモ』(新潮文庫)。
 
主人公のほたるは、傷ついていた。
彼女は長く育んできた恋を失い、東京という都会の生活にも疲れていた。
彼女ほど痛々しくはなかったけど、自分も彼女と同類だと思い、勝手に親近感を抱いた。
 
自分を癒すために、彼女はふるさとへ帰ることにした。
何か大きな事件があるわけではないし、ストーリー展開の激しさもない。
ただゆったりとした時間がこの本に流れている。
こういう感覚を読者が抱くのは、間違いなくよしもとばななさんの筆力によるものだろう。
 
よしもとばななさんの他の本でも感じたことだが、彼女の文章は少し不思議だ。
怪しさははい。テンポが気持ちよく、自然と人を落ち着かせる魅力があるように思う。
 
時折、彼女の文章を読んでいて、立ち止まることがある。
特に難しい言葉やフレーズが出てくるわけではない。
むしろ言葉自体は簡単なものだけれど、しっかりと自分で咀嚼しなければ理解が追いつかないことがたまにある。掴み取ったと思いきや、気を抜くとするりと手の間から抜けていってしまうような感じ。
 
『ハゴロモ』もまさにそういう本だった。
忙しい殺伐とした毎日の中で、深呼吸をすることを思い出させてくれる。徐々に肩の力も抜けていくような、そんな温かい物語がここにあった。
 
「人の、意図しない優しさは、さりげない言葉の数々は、羽衣なのだと私は思った。いつのまにかふわっと包まれ、今まで自分をしばっていた重く苦しい重力からふいに解き放たれ、魂が宙に気持ちよく浮いている」(59頁)
 
この物語を通して、よしもとばななさんが伝えたかったのは、このことだったのだと思っている。
人によって傷ついても疲れても、癒してくれるのも救ってくれるのもきっとそれはまた人なんだ。
 
小さい頃、お風呂上がりに祖母がよく私の髪を乾かしてくれた。
ドライヤーではなく、いつも柔らかいタオルを使って手で拭いてくれていた。
しわしわの手で、程よい強さでごしごししてくれた。
彼女が動かすタオルに包まれて、私はいつもなんとも言えない幸福感に包まれていた。きっとそれは彼女の無性の愛、優しさに包まれていたからだろう。全てが安心だった。
 
この懐かしい過去の光景は、なんだか『ハゴロモ』に似ていた。
静かで、落ち着いていて、それでいてあたたかい。
優しい言葉に包まれて、あのカサカサだった私の心は徐々にほぐされていった。
そう、『ハゴロモ』は私にとって祖母が包んでくれたタオルのような存在だった。
 
 
 
 

 
人は不思議なもので、優しくされると、自分も誰かに優しくしたくなるような気がする。
思い悩んでいた同僚、寂しそうにしていた家族。頭の片隅に追いやられていたが、放っておけない彼らの姿が浮かんできた。
次にその姿に遭遇したときは、そっと優しく接してあげたい。
『ハゴロモ』のように、さりげない優しさで包み込んであげたい。意図した通りにはならないかもしれないけれど、今自分にできることをしてみよう。
今度誰かに声を掛けてもらったら笑顔で返そう。
潤いを与えられた私の心は、そう思うようになっていた。

もし荒んだ気持ちの人がいたならば、今度はその人にこの『ハゴロモ』を大切に手渡したい。
その人も、私が感じたような、心地いい優しさに包まれることを願って。

【紹介本】
『ハゴロモ』(新潮文庫、よしもとばなな・著)

【こういう人にも読んでほしい】
・しばらく故郷に帰っていない人
・優しくありたいと思っている人

<<終わり>>

開始:22:15
終了:23:11

***

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2020-11-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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