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開かずの宅配ボックスの小さな秘密


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽 叶(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
そこにあるのは、違和感、だった。
 
「あれ、どういうこと?」
 
我が家のマンションには、宅配ボックスが設置してある。不在の時にも荷物を受け取ることができる。自分が荷物を宅配業者に渡したいときに使用する『集荷』という機能。これがとても便利。
 
私は、この『集荷』という機能を会えない知り合いとの荷物の受け渡しによく利用する。
 
今日も、荷物を宅配ボックスに収めたところだった。
 
電子パネル上の表示は、私が設定したものだけ。なのに、さっき荷物を入れるための空きボックスを見たら、不思議なことに2つはすでに埋まっていたのだ。
 
外側からは中が見えないような仕様になっているので、空いていないボックスに入っているものが何かはわからない。
 
つまり、開かずの宅配ボックス。
 
え、これ、もしかして……サスペンスの香り?
どうしよう、死体の一部とか見つかったら……!
 
にわかに緊張が走る。一応周辺をクンクンと嗅いで異臭がしないか、チェック。
 
「どうしました?」
 
「うわあっ、管理人さん、おはようございます」
 
管理人の初老の男性が掃除道具を抱えて、エントランスを出ようとしたところだった。
 
危うく、私の方が犯罪者と疑われてしまう……。慌てて、私は、管理人に話しかけた。
 
「管理人さん、今、宅配ボックスを操作していたら、ボックスが2か所使えなくなっているみたいなんです」
 
「え、どういうこと?」
 
私は、パネルを操作して見せながら、2つのボックスが使えなくなっていることを説明した。
 
「え、どうしたらいいんだろう?」
 
機械操作に疎い人なのだろうか、おろおろする姿を見て、パネルの横に貼ってあるシールを指さした。
 
「ここの番号に電話したら、いいんじゃないですかね?」
 
「おお、なるほど、かけてみましょうか」
 
管理人は、会社から支給されているのであろうガラケーを操作し始めた。では、私は、これで……とはいかなそうな雰囲気。仕方なしに横で待つ。
 
「あれ、電話の向こうでなんだか色々流れるんだけど?」
 
管理人がイライラしたようにつぶやいた。それは……操作ガイダンスなのではなかろうか。ガラケーから流れるガイダンス音をまともに聞かない管理人に不安になって、
 
「かわりましょうか?」
 
と口を出した。管理人はホッとしたように、電話を差し出してきた。
 
ガイダンスに従って操作し、電話口に女性の声が流れてきた。事情を説明し、管理人に変わってほしいと頼まれたので電話を交代して、私はボックスの中身が直接見えない位置に移動した。もしも、本当に何か……が出てきたときに直接見るショックは避けたい。
 
管理人が、トラブル対応の女性の手引きでタッチパネルを操作、そして、いよいよ……。
 
カシャン……。
 
無機質な金属のロックが外れる音がし、ひとつの宅配ボックスが、開いた。にわかに緊張して、身構える。
 
「なんじゃ、こりゃ?」
 
間の抜けた管理人の声に、なかばがっかり、なかばホッとして見ると、その手には、ビニール袋があった。
 
「ほうほう、ビニール袋みたいなものでセンサーが反応して使えなくなっていた、と? なるほど。で、もう一つはどうやって開けるんですか?」
 
そうだそうだ、もう一つ、あるんだった。
 
カシャン。
 
「なんじゃ、こりゃ?」
 
また、同じ反応。おおかた、またビニールでも入っていたのか、そんなにサスペンスの香りなんてしないわね。がっかりした。そうだ、時間もだいぶ経ってしまったし、早く家に戻ろうと、管理人に頭を下げて離れようとしたが、まだ、コールセンターと最後のやり取りをしながら、彼は私に待て、というようなジェスチャーをした。
 
「いやー、こういうビニールとか軽すぎる紙なんかが残っていて、センサーが感知してしまうとね、ボックスが使えなくなるっていうトラブルが時々あるらしいですわ」
 
小春日和のせいか、慣れない電話対応のせいか、管理人は汗をぬぐいながら一つ息をついた。
 
「しかしねえ、もう一つ、これ、どう思います?」
 
とさしだされたのは、丁寧に4つに折られた白地の見慣れた紙だった。うちの子供たちも持ち帰るし、私の子供の頃から変わっていないやたらと漂白された白さの、
 
「これって、テスト……? ですよね……?」
 
開いてみると、同じマンションの別の階に住む男の子の名前……とお世辞にも褒められないような赤い文字の点数。物静かなその子の顔と、お母さんの真面目で教育熱心そうな姿が目に浮かんだ。
 
「ちょっと、こちらで預かりますわ」
 
管理人は、掃除が終わらない! と慌てて外に出ていき、取り残された私もそそくさとオートロックを開けた。
 
 
 
 
***
 
宅配ボックスに置き去りにされていたのは、昔の小さな秘密、だったのかもしれない。

まだ焼却炉があって、どうしても点数が悪くて見せられなかったテストを一度だけ捨てた……そんな記憶がよみがえった。

そう、親に見せられないものって、あるよね。なんか、その時の火の熱さやテストが燃え上がる様子、煙臭さ、見つからないようにドキドキしながら走ってきた鼓動まで、ありありと思い出せるものだ。

少年もどうしてもお母さんにテストを見せられない、って思いつめたときに、宅配ボックスが目に入ったんだろうなあ……あの時の私のように。そう思ったら、幼い頃の自分が重なって、きゅんとした。

でも、焼却炉で燃えたテストは、灰になって証拠隠滅だけど、宅配ボックスに格納されて、ましてや開かなくなってしまった、とあれば、少年は気が気ではなかっただろう。いや、今ももしかすると、開かない宅配ボックスのことを、いつ開いて秘密が親にバレるのか、やきもきしているかも、しれない。

そうしたら、にわかに気の毒になってしまった。でも、これが実の息子だったら、きっと怒っていただろうけど。

管理人さん、どこにいるかな……と思ったら、ちょうどピンポン、と呼び鈴がなった。ドアを開けたら、管理人、だった。

「奥さん、さっきのテストの子、知ってですか?」

「ええ」

「そうですか。わしゃあ考えたんですけどねえ、テスト、見つかりたくなかったんでしょうねえ。これをポストに入れておくのは簡単だが、お母さんから怒られるのは気の毒じゃけえ」

「私も、そう思いました」

「じゃが、何度もされたら、宅配ボックスが使えんのは、やっぱり困るけえ、この子にもしも会ったら、ええがに言ってもらえるかねえ?」

「わかりました、いいように、言っておきましょう」

最後の方はどちらかともなく、ふふふと笑みがこぼれた。

多分、管理人も、似たような小さな秘密があったのだろう。

そして、新たな、小さな秘密が一つ、生まれた。

共有しているのが、初老の管理人じゃ、若干冴えないけど、いつか、少年に会った時にテストはもうないよ、と安心させてあげよう。そして、その時に添えてあげよう。

大丈夫、小さな秘密はある方が、大人になったときにきっと人に優しくなれるよ、と。***

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2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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