メディアグランプリ

はんぶんこだったかも知れない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:クヌギヤマナオコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
その電話がかかってきたのは、晴れた日曜日の朝だった。
私は布団の中で、ぬくぬくと幸せを味わっていた。
窓から入る3月の日差しがぽかぽかと暖かく、最高に平和な気分だった。
 
「はい、もしもしー?」
 
電話に出た私に、付き合っている人が言った。
 
「話したいことがある」
 
その瞬間、頭をよぎったのは「え、私、プロポーズされるの?」ということだった。
その時点で、付き合って7年半が経っていた。
 
でも実際はそんな話ではなく、彼がその前日に会社の同期とラーメンを食べに行って、何がどうなったのか知らないが、その同期とキスしてしまったというしょうもない報告だった。
いや、全然しょうもなくないのだが、してくれなくて良い報告という意味で、本当にしょうもなかった。
しかも、彼は続けてこう言ったのだ。
 
「だから、もう別れて欲しい」
 
私は飛び起きた。
浮気のようなことをされて私が怒って振るのならともかく、された上に別れを切り出されるとは!?
理解ができなかった。
 
「え! その人と付き合うの?」
「付き合わない。その人のことは好きじゃないから」
「じゃあ、何で別れるの?」
「こんなことになってしまって、もう君の前で笑える気がしない……」
 
理解も納得もできなかった。
私は彼を池袋に呼び出し、詳細を聞くことにした。
向かう山手線の中で涙が出てきたけれど、とても現実とは思えなかったし、浮気というものが発覚した場合、された方が許せば元サヤ、許さなければ別れという風になるわけだから、私が決定権を握っているのだと自分に言い聞かせ、平静を保った。
 
しかし、結果として私たちは別れることになった。
された方が許すか許さないかを決めるのだと思っていたけれど、実は、した方が「許してほしい」と言ってくれない限り、された方は許すことすら叶わないのだと初めて知った。
 
別れるのには1ヶ月かかった。
彼はずっと「こんなことをしてしまった自分には幸せになる権利がない、でも別れたくはない。でも、別れるしかない」とこちらを惑わせるようなことを言って泣いていた。
そっちが勝手にしたことで幸せになる権利を失うのは仕方ない。
でも、私はどうすればいいの? 私はそもそも別れたくない。そして相手も別れたくないと言っている。ならば別れなければ良い。そう思うのに。でも、それでも相手は別れるしかない、と言う。
 
途方にくれた。
「別れたくない、だから許して欲しい」という話ならば許す方向で努力もできるのに。
同期とのことは、向こうからしてきたことで自分の意志ではないと言っていたが、そこで「許してほしい」と言ってくれないのであれば、正直どっちでもいいことに感じた。
私は、せめて「彼女のことが好きだから別れてほしい」と言ってくれないかな、とすら思った。それならば諦めるしかない分、すっきりできる。
 
決定権は、された方にあるのではなかった。
それは、別れたい方にあるのだった。
片方が別れたい場合、それはもう別れたくない方が折れるしかないのだ。
 
1ヶ月後、私は折れた。
「別れたくはないけど、別れるしかない」
疲れ果てた私は心からそう思った。とりあえずもう離れたかった。
ますます日差しが暖かくなった4月の晴れた日に、私たちは別れた。
 
別れることに私は納得していた。
それしかないということは、間違いなかったから。
でも、それしかないのは間違いないのだけれど、それでも私は苦しかった。
どうやって毎日を過ごせば良いのか分からなくなった。
私はその人以前に、他の誰とも付き合ったことがなかった。
10代で初めて付き合った人と7年半も付き合ってしまって、ずっとこれからも一緒に生きていくと思っていたのに、それが突然消えてしまった。
 
影響は色々と出てきた。
ご飯は食べられなくなったし、仕事で使う会議資料にはいつの間にか自分の気持ちを打ちこんでいた。
 
夜は何度も同じ夢を見た。
夢の中では別れていなくて「なんだ夢だったんだ」と思う夢だ。
そして、目が覚める度に別れていない方が夢だったのだと知り、泣きながらうとうとすると、また同じ夢を見た。
 
自分たちが別れていることが不思議だった。
私たちは完全なふたりだったのに。
その完全なふたりが別々に生きるということがこの世に起こるのならば、私たち以外のすべての恋人たちも離れなくてはおかしい。
世界が狂っていると思った。
街の中に恋人たちが存在すること自体が、狂っている証拠だった。
でも、そんなことを考えている自分も狂っていると思うと、それはそれで泣けてきた。
 
私は、毎日、仕事が終わるとドトールでノートを広げ、自分の気持ちを書きまくった。ずっと付き合っていた人と別れたのだから悲しいのは当たり前。それはそうだけど、全然それだけじゃなかった。多分、それじゃない何かがある気がしていた。
 
そして、そのノートが2冊目に及んだ頃、私は気づいた。
自分の中に、ものすごい怒りがあることに。
 
私は怒っていた。それは、目の前が真っ赤になるようなすごい怒りだった。
私は、自分が一生懸命、大切に育ててきたものを彼にぶち壊された。
私は7年半、それを本当に大事にしてきた。一生大切にするかけがえのないものだと思っていた。それを彼が粉々に壊してしまった。
 
「どうして大事にしてくれなかったの?」
 
私の目からは、ぼたぼたと涙が落ちた。
それが一番大事だったのに。それだけは大事にしてほしかったのに。
 
私は、電話を受けた時点で本当はすごく傷ついていた。
でも、関係を守りたくて、そのために傷も怒りも封印して許そうとしていた。
それが、自分の中でじくじくと痛んでいたのだ。
自分が全然許せる状態になかったことに初めて気づいた。
私は、別れたことではなく、彼がしたことそのものに傷ついていた。
 
そして同時に、彼と私が一緒にいることの無理さが身にしみて分かった。私がこんなに傷ついている以上、彼は私のそばにいられない。
 
私が苦しめば苦しむ程、相手は大きな罪悪感を背負う。
彼は、それまでの付き合いから、私がこの出来事から受けるダメージが小さいものではないことを分かっていたのだろう。
そして、傷ついた私を見る度に、罪悪感に苛まれることや私から責められているように感じてしまうことを直感として分かっていたのだと思う。
 
人は、人を傷つけたとき、その相手とは一緒にいられないのだ。
自分が付けた傷を見せつけられるのは、ある意味拷問のように苦しい。
 
そして、傷つけられた人間は、その瞬間から相手を責める権利を得る。
深く傷つけば傷つく程、強い権利を得る。
直接的に相手を責めていなくても関係ない。
権利を得ているというだけで、それは十分に機能している。
 
つまり、被害者は被害者になった瞬間に加害者になり、加害者はその瞬間に被害者になるということだ。
私と彼は、どちらも被害者でどちらも加害者だった。
 
茫然としていた。
でも、そのうちに、私の中に不思議な感情が湧いてきた。
それは、彼に対する労いのような感情だった。
 
私が傷ついた分だけ彼が苦しむのなら、私と彼はひとつの辛さを等しく分け合ったのかも知れない。そして、壊したのは彼かも知れないけれど、それを失ったのはふたりとも同じだ。
私は、心の中で彼に言った。
 
「しんどかったね、お互い」
 
また、涙がこぼれた。
でも、それは温かい涙だった。
私は、心の中でずっと握っていた彼の手を離した。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事