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みんなに笑われた。でも、僕たちは少しも恥ずかしくない


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:馬場 さかゑ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
合唱コンクールの朝、指揮者のタローが登校してこない。
昨夜、タローの家まで行ってあんなに個人レッスンしたのに。
 
中学一年生の秋。
このクラスもようやっと仲間らしくなってきた。
 
タローは、力があるのに、結果を恐れて直前でドタキャンをする常習犯。小学校からの申し送りでも、陸上大会優勝候補にもかかわらず当日ドタキャン。
 
合唱コンクールの指揮者だって、本人が立候補したのに。
 
本人不在の席。クラスのみんなが気にしている。
 
合唱コンクールのために、みんなは、本当に頑張ってきた。昼休み練習も、朝練も自発的にしていた。
 
それなのに、最後の3日間、タローは、練習欠席。
 
そこで、連日の家庭訪問。
「リズムが変わるところで指揮がずれてしまって自信がない」という彼に、遅くまで特訓。
 
「明日は、出ておいでね」
と固く約束したはずなのに。
 
それに伴奏のサトコ。
お調子者の目立ちたがりで、伴奏を決める時も自ら立候補した。
 
ピアノは子供の頃から習っているという。
何事も長続きしないサトコだが、やりとげさせて、自信を持たせたい。
 
なのに練習不足と責任感欠如で、昨日の段階でも、しょっちゅう間違えている。
 
不安だ。
 
しばらく前に、ピアノコンテスト入賞の経験もあるタツノリと替わるか聞いたところ「やりたい」というので任せていたが、もう、今となっては交代さえ、むずかしい。
 
朝の会でわたしは、みんなに話した。
 
「今日は、いよいよ合唱コンクール。みんなが優勝狙って頑張って来たのをよく知っている。歌うのは36人。でもね、指揮のタローも、ピアノ伴奏のサトコもひとり。心細いよね」
 
みんな、神妙に聞いている。
 
「サトコは、まだ、伴奏がちゃんとひけない。2週間ぐらい前に、サトコに聞いてみた。
『どうする? タツノリに代わる?』
 
するとサトコは、『最後まで頑張る』と言ってくれた。
 
タローも手拍子のところで指揮がずれる。それで、ここ数日練習に出てこない。
 
でも、毎晩、タローの家で、私と二人で何時間も練習してきた。
 
それでも、ふたりとも本番で間違うかもしれない。
 
そうしたら36人のみんなが二人を助けてやってほしい。
 
二人ともとても頑張ったんだから」
 
みんなが、うなづく。
 
アキラが聞く。
 
「でも、先生、タローまだ来ていないよ。休んだらどうする」
 
「タローは来るよ」
 
「でも、万、万、万一、タローがこのままこなかったら、どうする?」
 
私は、一瞬、代わりの指揮者としてクラス一優秀なヒロオカの名前が頭をよぎった。しかし、口からでたのは、
 
「タローは、絶対に来るよ」
 
朝の会が終わって、会場の体育館に椅子を持って移動する時間になってもタローは、来なかった。
 
みんなが体育館に入りかけたところで、
「あ、タローがきた」子供たちが校門の方を見ながら、口々に叫んだ。
 
バツの悪そうな顔をしたタローがやってきた。
 
「早く、早く」「タローの椅子も運んでるから」子供たちが元気に迎えるとタローもちょっと笑顔で列に加わった。
 
アキラが走って寄って来て満面の笑顔で言った。
 
「先生。タロー信じてよかったね」
 
いよいよ、本番。
 
わたしは、みんなに応援の姿が見えるように体育館の一番後ろに立っていた。
 
指揮のタローが手をあげるとクラス全員が、さっと歌う体制に入る。一糸乱れぬ動き。審査員から「ほーっ」と声が上がった。
 
よしっ! いける!!
 
サトコの伴奏が始まった。
 
ところが、歌い出してすぐ、ピアノが止まった。間違えたのだ。
会場からはくすくす笑いが。
 
こどもたちは、やめずにそのまま歌い続けた。
 
サトコが伴奏を続けようとする。失敗。再び弾き出して、また、止まる。
ざわついていた会場が、爆笑になる。
 
その中で36人の子供達は、さらに大きな声で歌い続けた。
 
ピアノのところで泣き出したサトコを、一番近くに立っていたトモコが、うたいながらそっと寄って行き、舞台の袖まで肩を抱えて連れて行った。
 
会場の笑い声の中、こどもたちは、伴奏なしで最後まで歌い続けた。堂々と。
 
わたしは、体育館の一番後ろで、涙を流しながら立っていた。
わたしの自慢の子供達。ありがとう。ありがとう。
 
結果は、2位だった。
審査員のコメントは「伴奏がなくなってからの方が、みんな、より一層大きな声で歌っていた」
 
同僚の教師が
「でも、笑い声で聞こえなかったのは、すでに、発表としては成り立っていませんよね」とあざけった。
 
そんな嫌味も、負け惜しみとしか思えなかった。
 
翌日のヒロシの日誌。
「帰り道、部活の仲間に合唱コンクールのことを笑われた。でも、僕は、全然恥ずかしくなかった。だって、僕たちは、本当に本当に一生懸命歌ったから」
 
大昔、私が中学1年生の担任をしていたときのことだ。
 
私の最初で最後の担任。世界中でたった38人しかいない、私のことを担任と呼んでくれた素敵な子供達。
 
「気球にのってどこまでも」
 
どこかから、あの時の歌が、聞こえてくる。
 
もう40歳をとっくに過ぎているだろう彼らの13歳の顔がひとりひとりうかんでくる。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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