メディアグランプリ

子育ては中間色


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記事:岡野陽子 (ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
もう何度みたことだろうか、この何ともいえぬ表情。
まぶたも口も横一文字。
『おい、時が止まったのか?』
と、私は思う。
『こう言うパターンありかなぁ』
始めてこの表情を見た時には余り気にしていなかったけれど、結構、あるのだ。この表情。
痛いのに、恥ずかしいのに、怖いのに、それなのに無表情。
 
そんな表情をして見せたのは、3年前に私を母にしてくれた最愛の息子。
可愛くて可愛くて仕方のない存在だ。
小さい頃から完璧主義の私にとって、初めての子育ては不安ながらも完璧にこなすつもりだった。
私は、人より泣き声がつらく感じられるのか。子供の泣き声が痛い。
『あなたの声が私の身体に突き刺さる。どうか泣かないでおくれ』
『とんとんとん』
と、背中をたたく。
すると泣き止んでくれた。
 
そんな私の子育ては、泣いたら直ぐに抱っこ。
泣き声と同時に抱っこ。
だから、この子は殆ど泣いたことがなかった。
とは言え、2.3歳になる頃には、他の子と同じように、痛い時や怖い時には
『ワ~ッと』泣くようにはなっていた。だが、たまに違う時がある。
 
それが今だ。
 
ことの発端は、長いドライブの終盤だった。家路につき、ほっとして車から降りた息子は、開いたドアが近くにあることに気付かなかったのだ。、
 
目の上辺りを
『コツンッ!』
『………。』
 
『ワー』
と、泣くのだろう。
『どうか、早く泣き止んでおくれ』
と、私は願った。
だが、その想像は見事にはずれた。
見ると、まぶたも口も横一文字。
 
その表情は1、2秒続く。
 
次に息子の口から出た言葉は
『お母ちゃんが悪い、お母ちゃんが悪い』だ。
 
内心、初めてではなかったので、
『また来たか、このパターン』
という思いだった。
 
『普通は痛くて、こういう時は泣くのではないのか?』
と、心の中で呟く。
 
その顔は泣き顔ではなく、むしろ怒りに似ていた。
『何故だろう』
私が原因では無いことは3歳でも分かっているはずだ。
むしろ、八つ当たりに感じる。
 
いつもなら、人目を気にして、適当に受け入れて流すところだが、今日はこの子に付き合うことにした。
何故なら、周りには誰もいない、絶好のチャンスだったからだ。
子育ては、人目が気になるのだ。
 
見上げれば、けやきの木がそびえたち青葉が私たちを包んでくれている。
車のドアは開いたまま、私たちはその内側にいた。だから道路側から足元こそ見えるが、気づかれない状態だ。
 
さて、どう切り出そうか。
つい先日、子育て支援の先生のおっしゃっていた事を思い出した。
『最近の子は、色々なカラーを持って子がいて、教える必要もないと思うことさえ、教えなければならないことがあります』
 
もしかして、この子
『こういう時は、泣けば良い』ということを知らないのか。
だから、いつも怒っているのか。
 
であるならば、教えてあげなければ。
『泣くことは本能なのではないのか?』
と思いながらも、私は、開いたドアの内側に立っている息子の前にしゃがみ、こう言った。
 
『痛かったでしょ?びっくりしたでしょ?こういう時はね、泣くのよ。大きな声で『えーん』と、泣くの!』
そう言って、とりあえず私が泣いて見せた。
 
周囲に聞こえないか少し気にはなったが、結構、大きな声で泣いてみせた。
すると、先ほどまで無表情だった息子が、一緒に泣き始めたではないか。
しかも、立派な泣きっぷりだ。
こんなに時差があっても泣けるのかと、私が誘っておいて、ふと思う。
 
時が止まったようで、私たち親子だけの空間に安心して泣けた。
息子を抱き寄せ、一緒に泣いた。
 
そうか、もしかしたら、安心して泣くことさえもできなかったのか。
泣き方を知らなかっただけかと思っていたけれど。
周囲が気になっていたのか。
 
私としてはウソ泣きだったが、何か懐かしいような気持ちになった。
小さい頃の何でも許された、なんだか気持ちのよい感覚だ。
ふと、私もこのくらいの頃、ちゃんと泣けていただろうかと幼い自分を思い出した。
ありのままの私、隠し事とのない私。原色の私。周囲も気にせず泣けていたかな。
 
いつから優等生をめざして完璧主義になったのか。
その色をどんどん濃くしていったのだろう。
泣くことは恥ずかしいことだと思ってきた。
ずっと泣いていなかった。泣けなかった。
この子は私そのものではないか。それならば、私自身が己を知らなければ、教えるとこも出来ない。
 
この出来事があって以来、息子は痛い時には気持ち良く泣いてくれるようになった。
突き刺さるような尖った泣き声では無く、柔らかい泣き声だ。
本当にそうなのか、それとも、私の感じ方がそう変わったのかは分からない。
12年経った今でも、あの何とも言えぬ顔をあれ以来一度も見ることはなかった。
この子の無表情は生まれて間もない頃に、完璧主義の私がつくりだしたのか、生まれつき周囲を敏感に感じすぎてしまうカラーがあるのか、それは分からない。
ただ大切なのは、私がこの子のカラーにどれだけ染まれるかということだ。
この子が黄色で私が赤ならば、私がどれだけ中間色のオレンジ色になれるかということだ。
 
 
 
 
***
 
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2021-01-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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