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父が遺した「意味深」な言葉


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記事:鈴木謙二(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「慌てて行くな、早く出ろ!」
これを初めて聞いた人は、ほぼ全員がヘンな日本語だと感じるだろう。「意味不明だ」と。
実は、これは私が子供の頃に父から言われ続けていた言葉である。(父は定年まで3交代制の工場に勤務し続けたが、)小学校から中学、高校へ進学しても、外出する時に家にいれば必ずそう声をかけられた。当時は「意味がさっぱり分からん」と無視をして、父に問うことさえしなかった。それでも時には笑顔で、時にはしかめ面で言われ続けた結果、30年以上経った今でもふと思い出してしまうほどだ。
 
さて、父の言葉(性格)を紐解くには、学生時代まで遡ってみる必要がある。
私は高校卒業を機に、地元愛知県を離れ京都で下宿生活を始めている。それ以来、帰省を抜きにすると親と生活を共にしていない。当時の私はとにかく親元を離れたい一心だった。「いつまでも親に甘えていたら、何もできない人間になってしまう」という焦りからか、模試の志望校欄には絶対に県外の国立大学しか記入しなかった。その頃の行動や言動があまりに露骨すぎたため、当時の担任から個別に指導されたくらいである。
 
このように、私と同じ思いを経験している人は多いと思っている。
ただ、私の場合はとにかく県外生活を断念させようとする方法が露骨だった。息子を近くに留めておきたい母、地元大学への進学率を上げたい担任、本来なら最も身近な存在として応援してくれるはずの二人から、ギリギリまで志望校を見直すよう説得された。つまり、誰も志望校への挑戦を応援してくれなかったことになる。当時の私は、たった一人で人生の岐路となる大学入試を乗り越えられるほどタフではない。そんな状態で夜遅くまで勉強に励んだところで、英単語の一つですら頭の中には残らない。
 
最後の最後で自暴自棄になりかけた時、いきなり父が動いたのである。それまで子供の教育に一切口を出さなかったあの父が、だ。
厳密に言うと、「父が動いてくれたのだろう」という憶測にすぎない。そうとしか考えられないのである。ある日を境に、担任が私の志望校について否定しなくなった。元々おとなしい性格の母も、輪をかけるように入試の話をしなくなった。以来、これまでずっと私を苦しめてきた重しがとれ、フッと身体がラクになったのである。その結果、なんとか志望校に
合格することができた。
本人は何も語ろうとしないが、今でも父のおかげだったと確信している。
 
「慌てて行くな、早く出ろ!」
これは、そんな父が私に遺した言葉だ。若い頃に口酸っぱく言われた時は、正直クドくてウンザリもした。だが、高校生になって、その言葉の意味するところを思い知らされる出来事が起きた。
 
その出来事とは、生死をさまようほどの「交通事故」である。自転車での通学途中にクルマに撥ねられ頭蓋骨骨折を伴う重傷を負った。それが、運良くその1ヶ月後には退院して以前と同様の生活が送れるところまで回復した。まさに「奇跡」と言っても過言ではない。
 
ただ、肝心の事故当日から意識が戻るまで(約10日間)の記憶がすっぽりと抜けている。いつも通りに家を出て、いつものコースで途中友人と合流してそのまま登校し、1限目授業を受けたはずだが……。
初めは、「なぜ真っ白な部屋に寝かされているのか?」「どうして親戚や担任や入れ替わり立ち替わりやってきて上から覗き込むのか?」が不思議でしょうがなかった。
その次は、「どこでどう撥ねられて、ここまで運ばれたのか?」の不安に変わっていった。
 
退院してからもしばらくの間、何も思い出せないことが歯痒くて、空白を埋められないことがもどかしかった。
 
そんなある日、たった一つだけ事故当日の思い出がよみがえってきた。
そうだ、あの日出かける前に父が放ったあの言葉だ。
 
「慌てて行くな、早く出ろ!」
すっかり忘れていたことを思い出した。同時に、その時になって初めて父が言わんとする言葉の意味に気づき、身体の震えが止まらなかった。
「慌てて出かけて事故に遭うくらいなら遅刻すればいい。でも遅刻自体は褒められたものではないから、その分早く出発しなさい!」という意味だったのだ。これまでずっと「意味不明」だった言葉が「意味深」な言葉へと腹に落ちた瞬間だった。
 
思い返すと、確かにその通りである。慌てて出かけるとロクなことはない。学校だろうが、仕事だろうが、彼女とのデートであろうが、遅刻をすれば相手に迷惑を掛けることに違いない。また、かろうじて遅刻を免れたとしても、焦った状況で良い結果が生まれることはない(特にデートは要注意だ)。
 
それ以来、絶対に遅刻しないように早めに出かけることを心掛けるようになった。基本は10分前集合だ。その後の人生において、早めの行動が私にとって得はあっても損になることはなかったと思う。(ライティング・ゼミにも用心してかなり早めに出かけるが、毎回開始前にワンドリンクを飲み終えてしまい、気になった本を一冊購入する癖がついてしまったのははたして「得」と言えるのか……)
 
父にとっては何気ない一言だったのかもしれない。逆に、父なりの躾だったのかもしれない。今となってはどっちでもいい、そんな気分だ。
子供がいない私には、毎日のようにその言葉をかけられる相手がいない。少し寂しい気もするが、それはそれでよかったと信じてやまない。かけがえのない一言を30年以上も独り占めできたのだから。
 
初心に帰るのにこれほど適した言葉は無いと思う。心の中で父に「ありがとう!」を伝えつつ、この「意味深」な言葉を死ぬまでとっておこうと誓う今日この頃である。
 
 
 
 
***

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2021-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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