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おばあちゃんの宇宙


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石川まみ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
小さいころの懐かしい味を、ふと思い出して無性に食べたくなることはないだろか。もう手に入らないものなら、なおさらだ。
食いしん坊の私は、そんな懐かしい味を思い浮かべたらきりがない。
そんな中で、今も私の食卓に一番影響を及ぼしているのが、おばあちゃんの「ぬか漬け」だ。
 
父の実家は酒屋だった。都心だったが家は古い木造住宅で、台所には大きくて割と深めの床下収納が有った。
私がそこで暮らしていた期間は、小学校に上がるころまでの短い期間だったが、おばあちゃんが、この床下収納の扉を上げるたびに興味深々で、一緒に中を覗きこんだ。秘密の通路の入り口みたいでわくわくした。
夏でもひんやりしているそこに保存食などと一緒に、陶器製の瓶に入った「ぬか床」が有った。種ぬかは、おばあちゃんが嫁入りの時に実家から持ってきたのだという。
ぬかみそは臭いから手入れが嫌という人がいるが、おばあちゃんのぬか床は臭いどころかふわっと、ぬかの良い香りがしたような記憶がある。
そこから出てくる季節のお野菜のぬか漬けを炊きたてのつやつやしたご飯と一緒にいただくと、それだけで何杯でもご飯のおかわりができちゃう。
 
お茶請けとしてもよくぬか漬けを食べた。
私が小学校の高学年くらいになったころ、おばあちゃんを訪ねて一緒にお茶を飲みながらぬか漬けを食べていると
「漬物はね、香の物(こうのもの)と言ってね、昔は茶道や香道での口直しや嗅覚を癒すものとして用いられてたんだよ」「“こう”は、お新香の、香」と教えてくれた。
「“おしんこ”じゃないんだぁ、お新香(おしんこう)!」私は漢字でどう書くかなんて考えたことも無かったから、この話は新鮮だった。
ある日おばあちゃんが、ぬか床をかき混ぜている時に私は「ぬかみそは、よくかき混ぜないとカビたり腐ったりして手入れがたいへんだよね」と、お声をかけた。
「そうそう。それに、かき混ぜないと上手く発酵しないんだよ」
「へー」
「カビが生えたり腐ったりしてダメになちゃうのと、発酵とは紙一重。同じようなものだけどね」
「同じようなもの……?」よくわかないけど、まあいいか。酒屋なので、お酒の他にも味噌など発酵食品は沢山あったのだけど、その頃の私は発酵についてはあまり気に留めていなかった。でもこの会話は、ちょっと心に引っかかっていた。
その日は、ちょと漬かりすぎて酸っぱくなったキュウリとナスを新生姜やミョウガと一緒に細く刻んで、かくや和えにしてくれた。爽やかな夏の香りがした。
 
おばあちゃんの料理は母を通じて私に受け継がれたものが多かったが、ぬか漬けは例外だった。
母も仕事が忙しかったし旅行などで何日か家を空けることも有る。マンション住まいだったので、その密封したコンクリートの建物では、ぬか床を維持するのはけっこう骨が折れたからだ。
 
結婚後、私はやっぱりぬか漬けがしてみたいと思ったが師匠であるおばあちゃんは、もういない。
無理かなと二の足を踏みながら過ごしていたが、そんなときネットでぬか漬け教室の情報をみつけた。人気の教室で数か月待ちだった。「ぬか漬け」は案外注目されているらしい。
“失敗しない” “長期の旅行でもへっちゃら” “アンチエイジング” “厳選材料” この魅力的なワードと少人数制でフォロー付という内容に飛びつき、すぐに講座への参加を決めた。
 
この「ぬか漬け教室」が、私の発酵愛を目覚めさせた。
先生は、子供の頃から発酵に興味を持ち、大学で醸造や発酵を専門で学んだ筋金入りの発酵女子だった。
まずは後発酵茶(プーアル茶に代表される微生物による発酵茶)を何種類か飲みながら講座の流れなどを説明してくれる。もうこれだけでテンションが上がる。
実習の前に漬物文化や歴史、健康・美容成分、ぬか床の発酵、ぬか漬けがつかる仕組みなどの説明を受ける。インナービューティーを育む乳酸菌の話、微生物の働きetc.
ぬか漬けの世界はなんと奥深いのだろう。
そして先生は言った。「そもそも発酵ってなんでしょう? 腐敗ってなに? その違いは?」
うまく言葉にできる人はいなかったので先生が続けた。
「微生物が物質に作用して、人間に対して有益なものを作ることが“発酵” 有害なものを作ることを“腐敗”と言います」「でも線引きは曖昧な部分があります」
私はここで、ふと子供のころに交わしたおばあちゃんとの会話を思い出した。
おばあちゃんが言った「腐るのと発酵は紙一重、同じようなもの」というのは、こういうことだったのではないだろうかと。酒屋を切り盛りするおばあちゃんは案外発酵に詳しかったのかもしれない。
 
実習で作ったぬか床を意気揚々と持ち帰り、私のぬか漬けライフは始まった。何度かニオイがあやしい! カビが来た! なんてことを繰り返しながらも、だいぶ微生物と仲良くなってきた。屋久島に移住した今は、自分で育てた四季折々の野菜を漬けて楽しんでいる。今年のお気に入りの食材はプチトマトだ。腸内環境も整った気がする。
暑い夏は、ぬか床を冷蔵庫で管理し時々出して乳酸菌などの微生物を増やし発酵を促せば大丈夫。長期に出かけるときは冷凍保存もできる。
 
ぬか床の中の、ぬかには、どれくらいの微生物がいるか知っているだろうか。
たった1gに約1億個だそうだ。
しかも解明されていない微生物も有り、ぬか床の管理状態によっても違ってくる。
だったら約2kgの私のぬか床には、どんだけの数と種類の微生物が活躍しているのだろうか。もうそれは天文学的な数字に思えてくる。
なかなかに美味しいぬか漬けができるようになったが、おばあちゃんの味には、まだまだ到達できない。
ぬか床は、まさに宇宙のようだと思う。
 
 
 
 
***

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2021-01-10 | Posted in メディアグランプリ, 未分類, 記事

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