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憎たらしくて愛おしい国、ラオス


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宍倉惠(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ゴゴゴッ」
 
鈍い音と激しい振動で、びっくりして飛び起きる。地震……ではない。私はバスに乗っていたはずだ。
 
え? なにこれ?
 
さっきまで私たちを快適に運んでいたバスが、手すりに捕まっていないと転がってしまいそうなくらい右側に傾いている。月明りしか届かない薄暗いバスの中で、隣のラオス人の青年と目を合わせる。なになに? なにが起きたの?
 
「事故だ。ぬかるみにはまったんだ」
 
おいおい、ちょっと待ってよ。そんなことある?
 
「ラオスではよくある」
 
あってたまるか! 転がってしまわないように手すりにしがみつきながら心の中で叫んだ。
 
8時間ほど前だっただろうか。私はラオス北部の街、フエーサイから「スリーパーバス」に乗り込んだ。日本のそれとは少し違う、二段ベッドがそのまま詰め込まれたような夜行バスで、フルフラットシートなので快適な乗り心地だ。目的地はラオス随一の観光名所であるルアンパバーン。明日の朝には、古き良き美しい世界遺産の古都に到着する……はずだった。
 
東南アジアで旅を始めてから12日が経とうとしている。たくさん友だちができて最高に楽しかったタイに心を残しつつ、私はラオスへと急いでいた。5日後には、カンボジアのシェムリアップで「しんちゃん」と落ち合わなくてはならない。
 
しんちゃんは大学の同級生の男友だちだ。国際系の学部だったこともあり、夏休みは海外で過ごす人が大半だった。たまたま行きたい場所が被っていたしんちゃんと、憧れの「東南アジアでバックパッカー」を実現することになったものの、到着して間もなく価値観の相違に気づき、お互い平和的に旅を楽しむために「アンコール・ワットは一緒に回ろう」と約束をして、何の迷いもなく早々にバディを解散した。思い思いの一人旅を楽しんでいた道中、私は一人、夜行バスの事故に巻き込まれてしまったというわけだ。
 
傾く車体からやっとのことで降りると、なるほど、見事に右側の車輪がぬかるみにはまっている。「初めてきたのに懐かしい」とか言われちゃう素朴な国の中でも素朴さレベルがかなり高いタイ国境の街から続く険しい山越えの道は、もちろん舗装されているはずもなく、ぐちゃぐちゃにぬかるんでいた。東南アジアの雨の季節によく見られるスコールと呼ばれる突発的な雨のしわざだ。
 
道の反対側を見ると山の斜面、断崖絶壁。いや、これ反対側に滑ってたら死ぬやつやん……。
 
男性陣でバスを押してみるが、全然に動きそうにない。けっきょくバス会社が呼んだ迎えの車をひたすら待つことになった。なんと言っても山の中。周りには何もないし、いつ車が到着するのかさっぱりわからない。
 
周りを見渡すと、白人観光客グループの女性たちが「なんでこんなことに!」とめちゃくちゃ怒っている。そりゃイライラするよねと同情しつつ、そんなに怒っても仕方ないのに……と半ばあきらめの気持ちの中、怒りに満ち満ちた彼女らを哀れみの目で見てしまう。
 
観光客が怒り狂う中、このバスの乗客の大半を占めていた地元の人たちは「こんなのいつものこと」くらいの感じで、何食わぬ顔でその辺りに座って迎えの車を待っていた。
 
私もどうやって時間を潰すかなと思っていると、道沿いにちょっとした、いや、吹いたら飛びそうな小屋と、その中にラオス人のお母さんと女の子がいるのを見つけた。彼女らもこのバスに乗っていて、迎えを待つためにそこで待機していたのだ。
 
近づくと小屋に入れてくれた。ラオス語は全く分からないが「地球の歩き方」の巻末に載っている「旅のラオス語」ページを指さしながらなんとかコミュニケーションを取る。私は日本から来たことを伝えて、その女の子からは、自分は6歳で、お母さんとバスに乗っていたことや、家族構成などを教えてもらった。大した情報は得ていないが、地球の歩き方、やるじゃん! と感動する。それ以上は言葉がちんぷんかんぷんなので、ジャパニーズ・コミュニケーションの代名詞、折り紙という奥の手を使う。持っていたノートの端っこをちぎって、鶴の折り方を教えてひとしきり楽しむことができた。自分の折った鶴をその子にプレゼントして、その子が折った鶴をもらった。
 
迎えの車が来るのを何時間も待っていたはずだが、およそ10年前に遭遇した不運な事故の待ち時間には、言葉が通じない6歳の女の子と過ごした楽しい記憶しか残っていない。
 
別れ際も印象的だった。車が数台ずつしか来なかったため、全員が一度に山を下りられるわけではなかった。白人グループはもちろんと言わんばかりに最初の車に陣取る。第一便にあと1人だけ乗れるという状況で声がかかったので、断って次の車に乗ろうとしたが、女の子とお母さんに「先に行きなさい、私たちは大丈夫だから」と身振り手振りで促されて、名残惜しくも先に下山することになった。誰もが一刻も早く下りたいはずなのに、ラオスの人々は私たち外国人観光客を優先してくれたのだった。
 
目的地に予定通りに到着できない、というのはじくじく滲むようなストレスになる。例えば、今日のランチここ! と決めていたのにたまたまお店が休みだったとき。もう口は中華なっていて中華以外考えられない。定休日を調べなかった自分を恨めしく思いつつ、しぶしぶ他の店を調べるが、近くに中華料理店はない。絶望的な気分になりながらもお腹はすくので、別の店を探す。あれ、こんなところに定食屋さんがあったんだと思いながら行ったことのない店に入る。すると、そのお店のとんかつ定食が超美味しいかった……。そういう時に私はなんとなく得した気分になる。そのお店が休みだったからこそ知れたのだ。そうなってくると最初に感じていたストレスはいつの間にかどこかに消えていく。
 
ルアンパバーンという定番の観光スポットに無事到着して映える写真を撮れたことよりも、私がラオスでの旅でより鮮明に記憶に残っているのは、渡し船でおっちゃんにぼったくられたことや、突然のスコールにやられたことや、夜行バスで事故に遭遇するといった散々な目にあったことであり、それ以上に、ぬかるみにはまって泥道を裸足で歩いてたらおばちゃんが水道を貸してくれたことや、リュックを背負って歩いてたら白人とラオス人の夫婦が宿まで車で送ってくれたこと、夜行バスで隣のラオス人と仲良くなったこと、言葉が全然わからない異国の小さな友だちができたことであった。私にとって、ラオスという国は憎たらしいけど愛おしい国となった。
 
それらの思い出深い経験は全て、事前に立てていた計画からちょっぴり外れたところで起こったことばかりだった。意図せぬことが起こったときにふてくされるのは簡単だが、ちょっと視点を変えてみると、思いもよらぬ楽しい回り道があるかもしれない。そんな風に思えったら日々、小さな幸せを感じられる人生になりそうな気がする。バスがうっかり沼にはまったことを気にも留めず夢中で遊んだあのとき、あの小さな女の子に学んだ幸せに生きるコツである。
 
 
 
 
***

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2021-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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