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わたしが「死がこわくない」と言える理由

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記事:古山裕基(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「死ぬのが、怖いんや」
おじいさんのこの言葉に、わたしは、返す言葉がなかった。
 
当時、わたしが勤めていた介護施設では、
深夜12時を過ぎると、今まで静まり返ったロビーが賑やかになる。
それは、高齢者が歩き回るからだ。
いわゆる「徘徊」だ。
そして、彼らは、すれちがいざまに挨拶をしたり、立ち止まって、おしゃべりをする。
おじいさんは、夜勤のわたしを、仲間と思ったのかもしれない。
 
わたしの顔をおじいさんの黒目の瞳が捉えている。
昼と夜で、決定的に違うのは彼らの瞳だ。
昼、焦点が合わない瞳が、夜、焦点があっている。
おじいさんは続けた。
「何で死ぬのに、生きるんやろ」
ある日の夜、わたしが夜食の弁当を食べていた時だった。
 
“人生会議”が開かれた。
もしもの時を考えて、自分が望む医療・ケアを事前に家族や医療者と話し合う会議をこのように呼ぶのが介護現場では、はやりらしい。
「死に方」を自分で選ぶということだ。
しかし、わたしは“違和感”を感じるのだ。
 
なぜなら、
このおじいさんは、「死」そのものが怖いのだ。
それなのに「死に方」を考えるなんて、無茶だ。
 
彼の家族によると、彼は、日本の経済成長期に、町工場で働いてきた。
働けば、働くほど、豊かになり、そして独立した。
そして、さらに働き続け、
気がつけば心臓に病を抱え、さらに認知症と診断された。
家族も、彼も、思った以上に早くやってくる「死」について、「こんなはずじゃなかった」という話ばかりをしていた。
 
では、わたしは、どうなのだろう。
 
わたしは、タイ人の妻をもち、現地に暮らしている。
妻の母が亡くなったとき。
遺体を焼くときに、妻は、母の遺体の足の裏にマジックで印をつけた。
「足の裏にアザがある赤ちゃんが生まれたら、お母さんの生まれ変わり」と妻は真面目に話した。
多くのタイ人は、仏教に根ざしたこの輪廻転生を信じている。
信じているというより、それは生活に根ざしたものである。
彼らは、幼い頃から、家の近くのお寺にかよい、お坊さんから死と生のお話を聞いて育つ。
だから、輪廻転生を信じる理由などを聞いても、ただ「信じる」という言葉しか返ってこない。
当初、わたしは輪廻転生が本当かどうか、ということにこだわり続けた。
そして、当たり前だが、誰も死んだこともないので、証明できない。
だから、彼らが信じることが理解できなかった。
物事の黒白をハッキリさせたいわたしは、「死」を怖れていた。
 
そんな自分が、変わる出来事がおこった。
義母の遺骨をメコン河に散骨することにしたのだ。
散骨は、タイ人には特別なことではないようで、私たちの前に、数家族が順番を待っていた。
 
普段は、観光や輸送にも使われる小さな船を、船頭さんとともに雇い、お坊さんを乗せる。
船は、数百メートル河を遡る。すると、水没した仏塔の先端が波間から見えた。
そこで、船は減速した。
お経が始まり、いよいよ流すのだ。
 
メコン河の水はコーヒー牛乳色で、まったく美しくない。
そんな河に薔薇や菊などの花びらとともに遺骨を流すのは、正直、抵抗があった。
遺骨が河の底に消えてゆく。
一方で、花びらはいつまでも漂っている。
赤や黄の花びらがやけに鮮やかだ。
その時に、これが輪廻転生のイメージなのかもしれないと思った。
それは、花びらは、いつか日本に流れてゆくということだ。
詳しくいうと、花びらは、自分の望むところに流れてゆく。
もちろん、そんなことはあるはずはない。
しかし、メコン河はチベットから始まり、タイ、ラオス、ミャンマー、ベトナム、カンボジアをへて、最後は南シナ海に流れる、だから、海を通して日本だけでなく、どこかに必ず繋がっているのは確かなのだ。
 
散骨とお経は、10分ほどで終わった。
たった、それだけなのに、とても清々しく感じた。あえていうなら、自分にとっての“生まれ変わり”を実感したのかもしれない。そして、今までぼんやりしていた死をはじめて、はっきりとイメージできたのだ。
 
また、こんな出来事もあった。
近所の家で寝たきりの母親を看取ろうとしていた娘さんが、「わたしは、この部屋で生まれたんですよ」と話してくれた事があった。何の変哲もない、いつもの部屋が、死と生を迎える場になるのだ。しかも、死のうとしている母親の傍で、生きている子どもたち、孫たち、近所の人たち、犬猫、そしてニワトリまでもが行き来している。
 
義母の死後、月日は流れた。
そして、なんと足の裏にアザがある赤ちゃんが妻の弟の奥さんから生まれたのだ。
生前、義母に「輪廻転生」を信じるかということを聞いた事がある。義母は、「信じる」と言ったが、続けて「もう生まれ変わらなくても良いよ。十分」と話してくれたことを思い出した。そんな義母の足の裏にマジックをつける妻は、なんて親不孝なんだろうと思った。
しかし、赤ちゃんの名前を聞いて、唖然とした。
なんと、妻は赤ちゃんにわたしの祖母の名前をつけたのだ。
もちろん、祖母は亡くなっている。
誰かを、どうしても生まれ変わらせたいらしい。
 
さて、わたしは今でも「輪廻転生」が本当かどうかは、わからない。
しかし、はっきりと言えることがある。
それは「死がこわくない」だ。
 
 
 
 
***
 
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