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1文目の印象が、最後に爽やかな余韻となる小説


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記事:山田THX将治(リーディング倶楽部)
 
 
【寂寥】
漢字の‘書き’は苦手だが、読むことならそこそこ自信がある私だが、この小説の一文目で出遭ったこの熟語は、流石にルビ無しで読むことが出来なかった。
『寂寥』は、〈せきりょう〉と読む。意味は、『心が満ち足りず、もの寂しいこと』だ。
 
『おなじみの寂寥』。
こんな難読漢字が書き出しなのは、第160回芥川賞受賞作『1R 1分34秒』(新潮社・刊)という、ボクサーを主人公にした小説だ。
難読漢字でこの小説を書き出したのは、町田良平という1983年生まれの中年に差し掛かった作家だ。
調べてみると町田良平氏は、高校を卒業後、大学には進学せずアルバイトをしながら小説家として修行したそうだ。
 
2016年に出版された『青が破れる』(河出書房新社)で文藝賞を受賞し、三島由紀夫賞の候補にもなっている。
2018年には、同じ河出書房新社から『しき』が出版され、芥川賞と野間文芸新人賞の候補となっている。
 
そして、2019年に『1R 1分34秒』で見事に芥川賞に輝いている。
多少、歳を喰っているとはいえ、まさにホップ・ステップ・ジャンプといった躍進振りだ。
 
私は、恥ずかしいことに、町田氏のことも『1R 1分34秒』のことも全く知識を持ち合わせていなかった。進んで小説を読んで来なかったとはいえ、これは恥ずかしい限りだった。
私は、町田氏と『1R 1分34秒』を、同じく芥川賞受賞者で芸人の又吉直樹氏と小説も書いているジャニーズタレントがMCを務めるテレビ番組で知ることとなった。
 
経歴も作品のことも、全く事前の知識を持たずに拝見した町田良平氏の風貌は、作家独特の虚弱感と不健康さが出ていた。とてもボクシングを連想させるものではなかった。
ところが番組中の会話では、ボクシングの知識というか感覚が、経験者のそれだった。
どうやら町田氏は高校を卒業後、アルバイトをしながら小説を書き、ボクシングで汗を流した様だった。
 
難読な熟語で始まる『1R 1分34秒』の主人公は、デビュー戦勝利を飾った後、泣かず飛ばずのパッとしないボクサーだ。無名のボクサーは、孤独で寂しいものだ。
ボクシングが好きで、多くのボクサーを観てきた私はそう感じるのだ。
町田氏は、そんな主人公の日常を『寂寥』というたった二字の熟語で私に訴え、かつ、納得させた。
これは、町田氏の言葉選びと無駄を省き切った簡素で明解な文章のお蔭だと感じる。そうでなければ、140ページと短目の小説で芥川賞を受賞出来るとは思えないからだ。
 
『1R 1分34秒』で感心したのは、冒頭に難読漢字【寂寥】で示されたもの寂しい日常が、物語を通じて好転する訳ではないところだ。ただその寂しさが、ずっと続いている描写ではなく、先に光が見えそうで見えない、それでいて光の存在が出口として確実に存在する予感が、何故だか解らないが読者に訴えかけて来るのだ。
しかも、こうした大衆受けする描写は、往々にしてプロの作家や評論家には、避けられる傾向があるからだ。逆にいえば、プロが評価する小説は、我々素人には難し過ぎて、プロの評価通りには受け入れられないことが、まま見受けられるからだ。
言い換えるならば、この『1R 1分34秒』は、久々に現れたプロも素人も同時に喜ばせる稀有な作品なのかも知れない。
映画で例えるなら、シルベスター・スタローンの『ロッキー』と同じだ。
奇しくも双方ともボクシングを舞台にし、もの寂しい生活を送っているボクサーが主人公なのだが。
 
またその一方で、『1R 1分34秒』のボクシング描写は、躍動感にあふれている。先に記したが、これは多分、作者の町田良平氏にボクシングの心得が有ることで得られた、いわばプロの表現と言えよう。
私は読み進めながら、文章からボクシングのステップワークに似たリズムを感じていた。これも多分、作者が意図して描いていることなのだろう。
 
私が好きなボクシングを主題の『1R 1分34秒』。
私は小説を読むプロではないが、ボクシング観戦ではプロに近い観方が出来ていると自負する。そんな私が読んでも、リング内の様子が実に鮮明に感じる。言い換えるならば、読者の五感に訴えかけて来る様な描写だ。
動きを観る視覚は兎も角、リングマットに擦り付けられたロージンの匂いやボクサーの汗、そしてグローブの皮と皮膚が擦れ焦げるような匂いまで嗅覚に訴えかけて来るのだ。
嗅覚という、文章でおおよそ描くことがない事を感じさせるとは、この作品が如何に特徴付いているかの象徴だろう。
 
今、乗りに乗っている町田良平氏の『1R 1分34秒』。
是非一度、手に取ってみて欲しいものだ。
 
 
 
 
***

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2021-02-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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