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道ばたの片方だけのクツ、そして彼女が笑ったこと
〜ぼくが、文章を書く理由〜

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:古山裕基(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
道ばたで、片方だけのクツが売られていた。
そんなことあり得ない、と思われるかもしれない。
でも、本当。
 
場所は、いわゆるドヤ街と呼ばれている大阪の釜ヶ崎。
26年前の、正月。
おっちゃんが、片方だけのクツを売っていた。
値段は、覚えていない。
覚えているのは、それを見て、大好きだった彼女が笑ってくれたこと。
でも、当時は恋人でもなかったし、その後も、そんな事もなかった。
 
でも、この文を書く理由、そしてこれからも文を書いていく理由は、それだった。
 
大学生のぼくは、合宿所に入りながら、スポーツをするという生活をしていたのだが、その生活に飽きていた。
そして、スポーツで何者かになる事もできず、むしろ落ちこぼれてしまったまま、大学卒業まで数ヶ月になっていた。
在学中に、本当にやりたいことをする勇気がなかったのだ。
 
スポーツだけの生活から、引退したあと、急に何もしない時間が増えた。
だからぼくは、今更ながら、残された時間を自分に興味があることに使おうと思った。
その時に出会ったのが、彼女だったのだ。
 
彼女がわたしに最初に話しかけた言葉は、「いつも、あくびしているね」だった。
その時に、初めてぼくは彼女を知った。
「なんで、そんなこと言うんやろ?」と思った。
でも、たぶん、その時、ぼくは彼女を好きになった。
 
なぜ、好きの気持ちが続いたのか?
コンビニに寄る時に、彼女は、店員さんに「こんにちはー」と言う。
知らない人に「こんにちは」なんて言えないぼくは、だから、ますます彼女が好きになった。
それは、中学、高校、そして大学でも感じたことのない感情で、とてもしんどかった。
でも、それがないと、もっとしんどいんじゃないかと思えたから。
 
彼女は、卒業後は実家がある関東地方に戻る。
そうなれば、ぼくはもう会えない。
大阪の環状線の駅、ぼくは外回り、彼女は内回りに乗る。
彼女は向かいのホームにいて、手を振ってくれる。
ぼくは、「なんとかしなければ」と思っていた。
でも、デートに誘う理由が見つからなかった。
 
正月に釜ヶ崎の炊き出しのボランティアを誘う、それが、ぼくなりに考え出したもっともらしい理由だった。
ぼくはガチガチになっていたのだ。
デートで炊き出しなんて、そんな人はいないはずだ。
どんな事があって、どんな話をしたのか?
舞い上がっていたぼくは、よく覚えてない。
道ばたの片方だけのクツ、そして、それを見て彼女が笑ったのだけは覚えている。
 
その日の夜、ぼくは重大なことに気がついた。
彼女とのデート・シュミレーションに夢中で、年末にあったテストを1科目だけ受けるのを忘れていた。
ぼくは、自動的に留年が決まってしまった。
 
そして、わずか数日後に阪神淡路大震災がおこったのだ。
朝のあの時間は、まだ寝ていたぼくは、激しい揺れに飛び起きた。
そして、
最初にしたことは、彼女に電話したことだ。
彼女の住んでいたところは、あまり揺れなかったようで、まだ彼女は寝ていたようだ。
とっても機嫌が悪そうな声が返ってきたので、留年のこともあり、ぼくは、さらに落ち込んでしまった。
余震の心配、そして、交通機関、ライフライン、物資の流通などが止まる可能性、一晩中鳴り響くサイレン音に、皆は騒然としていた。
でも、ぼくは彼女に会える機会がなくなることの方が、もっと心配だった。
母親と祖母は、血相を変えて、電話をしていたぼくをみて、かなり驚いていた。
 
しかし、その日の晩、彼女から電話があったのだ。
「ごめんね、今朝は。ありがとう」と言う。
世間は、それどころじゃないのに、ぼくだけは、有頂天だった。
留年なんて、どうでもよくなった。
 
わたしは、避難所に臨時に設置された臨時電話から、彼女の家に電話した。
その時、わたしはある避難所でボランティアをしていた。
その当時は、携帯、メールそしてネットも、ほとんど普及していなかった。
だから多くの人が、臨時電話に列をなして安否の確認をしているなか、わたしは、彼女に2度目のデート、映画の誘いを申し込んだ。
後ろにいた知らないお姉さんが、「よかったね!」と言ってくれた。
たぶん、ぼくはとんでもないことになっていたのだ。
 
あの時のぼくの思考回路では、ディズニーなどの娯楽映画を選ぶようなことは、なかった。だから、全くおもしろそうでないドキュメンタリー映画を誘った。
それなのに、「ちょうどその映画を、見たかった」という彼女の声。
ぼくのボランティア先の避難所には、2000人もの人がおり、希望はなくても、絶望感が漂っていた。でも、ぼくだけは、幸福感あふれていた。なんでもやれるという感じだった。
 
でも、その映画の帰り道は、全く逆の気持ちだった。
それは、決定的だった。
 
49歳の正月、久しぶりに同じ場所に行ってみた。
そこから、チンチン電車が走っているのが見えた。
あの時には、建物に隠れて、見えなかったのだ。
ずいぶんと、あの頃と街並みが変わっていた。
片方だけの靴を、売っているおっちゃんもいない。
 
今では、ぼくは、知らないコンビニの人に「こんにちは」と言えるようになった。
そして、
ぼくは、今、文章を書いている。
それがあの時、ぼくのやりたかったことなのだ。
そして、今さらながら、あの時の、彼女の笑みを書いてみたかったのだ。
 
 
 
 
****

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