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会社という名の電車に乗りながら旅をして


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦純子(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「大きくなったら何になりたい?」「将来の夢は?」「どんな仕事をしたい?」
 
これを私は恐怖の三大質問と名づけており、幼少時から大人になるまで、この質問をされると思考が停止した。
 
幼稚園の頃、将来なりたいものを描きましょう、と先生は言った。女の子は「ケーキ屋さん」「歌手」「お花屋さん」、男の子は「野球選手」「電車の運転士」「警察官」などを嬉々として描いていたが、みんながそんな遠い先のことを考えているのかと驚いた。
 
真っ白な画用紙を目の前にして固まっていた。
 
小学校6年にもなると「私の仕事は〇〇です」といって〇〇にわかりやすく、カッコいい職業、例えば、ピアニスト、アナウンサー、スポーツ選手などは、ごく限られた人しかなれないことに気づいていた。自分はきっと普通に会社勤めをするのだろう、とぼんやりと思っていたが口には出せなかった。夢がないことは許されない雰囲気だった。
 
卒業文集の原稿を目の前にして固まっていた。
 
中学生になるとそれまでのふんわりとした「夢」が、急に現実味を帯びてきて「行きたい学校」「将来なりたい職業」の合わせ技で書かなくてはならなかった。何も浮かばず三者面談では重苦しい空気だけが流れていた。
 
進路希望の用紙を目の前にして固まっていた。
 
担任教師には、目指したいものも夢もないが、4年制大学だけは出たいと伝えた。
22歳まで逃げられる「自由という名の周遊きっぷ」をもらうためだけに。
あと7年もあれば何とかなるだろうと思っていたが、予定より1年延長しても結局なにも見つからず、きっぷの有効期限を迎え大学を卒業した。
 
会社で働くことを電車で旅することに例えてみる。
上司や先輩、同僚、後輩は旅の仲間だ。
 
やりたいことがある人は、乗りたい電車-働きたい会社-をめがけて行く。当然きっぷを買ったら誰でも乗れる訳ではなく、試験に受からないと乗れない。やりたいことがない私は、大学の就職課の人に勧められるまま試験を受けて内定をもらい、電車に乗った。今思うと良いところだったが、世間知らずでどれだけ恵まれていたかわからず、4年とたたないうちに他の景色が見たくなり、その電車を降りた。
 
見た目も中身も間違いなく最新式の豪華列車なのに、なぜか乗り心地が悪く、次々と人が降りていくところもあった。私も例にもれず体調を崩し旅から離脱した。いくら立派な会社で良い待遇であっても健康以上に大切なものはないからだ。逆に言えば、一緒に乗っている仲間が良ければ、多少設備が古くて座席も硬く、ガタガタ揺れるような電車だったとしても、「ほんとこの電車、ボロいよねー」と言いながらも笑って過ごせるのだとわかった。
 
ときには「僕もいい年だし疲れてきちゃってね。そろそろ会社畳もうと思って」と言われて、予想もしない途中の駅で急遽終点になってしまったこともあった。
 
次の電車に乗るために面接に行くと、支社長というその男性はふんぞり返りながら、「営業事務、経理、社長秘書? キャリアがとっちらかってるね。君、いったい何を目指しているの? 全く理解できない」と言い放った。そのときはショックだったが、乗車前からそんな横柄な態度で、ものを言う人がいる電車なんて、乗り心地が良いわけがない。やめて正解だ。
 
電車に乗っている人-採用側-だけが、電車に乗りたいと希望する人-応募者-を見定めるわけではない。これから電車に乗る方だって、どんな人が乗っているのか、一緒に旅ができそうなのかを見て、決める権利があるのだ。
 
いくつもの電車に乗り、途中で何度か乗り換えをして、珍しい景色を見ることもできた。
ありがたいことに、どの電車に乗っても旅の仲間にだけはずいぶんと恵まれた。ほんの少し乗る予定が「このまま乗って行かない?」と誘われて、予定を変更して旅を続けたこともある。ずっと昔に少しだけ同じ電車に乗っただけの人から、「こっちの電車にぜひ合流しませんか」と声を掛けてもらったこともあった。
 
しかし、なんとなく勧められた電車に乗り、鈍行から豪華列車まで統一性のない「キャリアがとっちらかっている」自分は、夢や目標がないことへのコンプレックスがあり、心のどこかで自信が持てずにいたのも事実だった。
 
あるとき、人事部長と面談する機会があり「まあ自分なんて、所詮はサラリーマンの端くれですから」というと、予想もしなかった言葉がかえってきた。
 
「ちゃうちゃう。端くれやないで。あなたサラリーマンど真ん中やから」
 
サラリーマンど真ん中! なんとも斬新で面白い言葉だ。
 
2021年3月、保険会社が全国の中・高校生を対象に行った、「大人になったらなりたいもの」のアンケート結果では、男子・女子ともに会社員が1位となっていた。それを見て、結構みんな現実的なのねと嬉しくなった。わたしが今、中学生や高校生だったら、あの恐怖の三大質問に怯えることもなかっただろうか。
会社員=夢がない、という風潮があるけれども、決してそんなことはないと今では思うし、実際のところ、会社員もそんなに悪いものでもない。
 
ただひとつ、色々な電車に乗って旅してきた自分が唯一得だなと思ったことは、どの電車から見える景色でも楽しめたこと。つまり、やりたいことは特別なくて入った会社であっても、その時その時で縁があった仕事は、どれも面白いと思えたことだ。営業事務も社長秘書も経理の仕事も、私の血や肉となり、全く違う業務でもヒントを得て助けになっている。どれひとつとして無駄なことはなかった。
 
先のことは誰もわからないが、今のところは同じ電車に乗り続ける予定でいる。下車する人、新しく旅の仲間に加わる人と適度に入れ替えがありつつ、一緒に旅をする仲間と、笑ったり、頭を下げたり、時には愚痴を言ったりしながらも、会社という名の電車に乗りながら旅を続けている。
 
心の中にはいつも「サラリーマンど真ん中」という言葉を携えて。
 
 
 
 
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2021-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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