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いつか近いうちにお会いましょう! ~「永遠の一瞬」を憶うために~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:月之まゆみ (ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
シャッターの降りた誰もいない東京文化会館の入り口で、私は呆然と貼り紙を見ていた。
「公演は中止となりました。チケットの払い戻しについては事務局までご連絡ください」
1枚の貼り紙を何度も読み返しながら、私はなぜそんなことになったのか、まだ自分の置かれた状況が理解できなかった。
しかし公演開始の30分前になっても、会場の灯りは落とされたまま警備員一人現れない。
 
20年の秋、モンテカルロ・バレエ団の来日公演に大阪から出向いたとこのことだ。
慎重に2日前から東京へ移り、開演の日を待ち望んでいた。
 
やっと大好きなバレエが観れると信じて。
 
2020年4月コロナに伴う緊急事態宣言の発出で、半年前から予約していた完売必至のバレエ公演はドミノ倒しのようにキャンセルが相次いだ。
日本中のコンサートホールの月間スケジュールはどんどん白紙になった。そんな異常事態のもと海外公演のチケットが夏に発売された。
一流のバレエ団の来日である。
とにかく私はバレエ鑑賞に飢えていた。やっと、やっと……の思いだ。
 
コロナ感染防止の影響で私の生活も大きく変わった。国内外の旅行はもとより美術館やあらゆる芸術鑑賞の門戸が閉ざされ、制限がかかった。
当たり前にふれていた文化芸術の扉は静かに周りで閉まっていった。
そんな折、入手した公演チケットは、私を再び夢の世界へいざなってくれる案内人になるはずだった。
 
なのに、なぜこのような大きな手違いが起こってしまったのだろう。
 
公式ホームページも確認したが公演キャンセルの掲載はなかった。でも確認したのはいつだったのか? 以前は郵送で案内があったが今回はなかった。
あの時はひどくがっかりしたものだ。
 
貼り紙の前でHPを覗いてみる。約一月前の日付で公演キャンセルの知らせが掲載されていた。思わず手からスマホが滑り落ちそうになる。
 
「絶対に公演はある」という私の強い思い込みが、一点の疑いももたらさずに東京の会場に呼び寄せた。
あぁ、私の親愛なる「思い込み」。君はいつも唐突に現れて私を驚愕させるけれど、今回は特にひどくないかい。
 
長年、継続的に足を運んだあらゆる舞台公演は、300回を超える。
幸運なことにこれまで公演日を間違えたり、公演を見逃したことはなかった。
自分でも運が強いと自負していた。その伝説がその日、崩れ去った。
一方で、いつかこんな日がくるのではないかと思う自分もいた。
実に私らしい失態ではないか。 2300人のホールが満席だったなら一人/2300人の確率で開演を信じていたのだから強烈な経験だ。
 
ここは潔くひきさがろう。
電話で公演キャンセルを家族に伝えると、電話の向こうで絶句した。
返す言葉も慰める言葉もないようだ。
 
公演がなくなった夜の時間はのっぺりと長い。さてどうしようか……。会館を離れながら
とてもホテルに戻る気になれず、私は山手線とメトロを乗りついで、赴くまま日本橋で降りた。
そして時間つぶしに日本橋三越でなんとなく目につく商品を手に取り、店員と会話しながら気分を晴らした。しかし最初の衝撃から時間がたつと一旦、落ち着いた気分は無気力に変わる。
各フロアを歩きながら時計を見る。本当なら今頃、一幕が終わり、高揚と充足感に満たされながらパンフレットで、ダンサーのプロフィールを夢中で見ているころだ。
 
三越を出て、閉店に近づいたコレド室町にふらりと入った。最上階からエスカレーターで下りていると、あるフロアで、はじける笑顔の女性のイラストが目に飛び込む。
絵の放つエネルギーに誘われて店にはいった。
小さな店には、50点ほどヴィンテージ・イラストが展示しており、私を惹きつけた女性の絵が、1940~50年代にフランスで活躍したイラストレーター ルネ・グリュオの作品だと知った。
 
そこで私は年上の素敵なご夫婦と出逢う。 長年、フランスと日本を行き来しながら、骨董店やノミの市で見つけたヴィンテージ・イラストを集めながら、それぞれにあった装丁を趣味としてコレクションしているという。
どれもパリらしい洗練されたテイストが活かされた素敵な作品だった。
 
こんな素晴らしい作品をなぜ手放すのか尋ねると、自宅の倉庫で眠らすより、喜んでもらえる人に引き取ってもらいたいと妻が言った。
 
手放すのは寂しくないかと聞くと、誰かの自宅や店の壁を飾って生活に溶け込んでもらう方が嬉しいという。日本橋の店で1週間、展示した後は都内を点々と巡回する予定と言った。そして私が手に取る絵の背景や特徴を語ってくれた。
その日、私が初めてバレエのことを忘れた瞬間だった。
 
店主が顧客に有名な国内バレエダンサーがいると話した下りで、私は東京までやってきたけど、バレエ公演が休止になったからここにいると伝えた。
二人とも言葉をなくす。
すると急に涙が込み上げた。
「泣かないで」と妻が慰めてくれる。
店主は急に何か探しはじめ、一枚のバレエのイラストを持ってくる。
 
「こんな時はバレエじゃない方がいいのよ。このポスター見るたびにつらいことを思い出すから」と妻がいった。「あっそうか」 優しい夫婦の会話だった。
「ねぇ、お酒は好き?」
 
今、自宅の玄関を飾るのは、楽し気に笑う女性のヴィンテージ・イラストだ。
エレガントな妙齢の女性が、シャンパーニュの入ったグラスを片手にした表情はJOY(喜び)そのものを現わしている。
 
私はその絵を見るたびに、夫婦と交わした会話、受けた優しさ、そして愛情を思い出す。
 
その後も、年明けに行くはずだったバレエ公演も、またしても東京の非常事態宣言により、行くのを断念した。
 
どんな時もバレエは私の人生に寄り添ってくれた。
だからこそ、私は公演が観れる日が近いことをこれからも信じている。
 
これまで人生や仕事で何度もつまずいたり、悩んだりした時も、公演でバレエダンサーの鍛錬された高度な踊りや、洗練された世界観に触れることで、私の精神はより高い次元へ導かれて希望がもてた。
 
劇場でダンサーと観客が一体になる瞬間は、感動や喜びを共創できる瞬間である。
 
日々、厳しいレッスンに耐え抜いた肉体と精神を持つダンサーには、私たち観客の呼吸と熱意、そして賞賛の拍手が必要不可欠である。
 
劇場に向かう時、その一人一人に物語が生まれる。
 
JOY(喜び)とは、魂の昇華そのもの。
 
だから舞台芸術の灯を絶やしてはならない。
 
今、この難局を乗り切るために、舞台芸術に不断の献身をもって関わるすべての人に、この記事を通して応援と感謝を届けたい。また近いうちにお会いできることを願いながら。
 
 
 
 
***
 
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2021-04-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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