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担任教師と交わした3つの約束は、これから大人になる私たちへの予行練習


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦純子(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
「これからは君たちのことを『大人』として扱います」
 
高校3年生の4月、担任教師である森田先生はホームルームでそう宣言した。
 
「予備校に行ったり、疲れたとか、気分が乗らないとか、人それぞれ事情があると思います。もちろん皆勤賞は素晴らしいですが、私は学校を『サボるな』とは言いません。大人になると本当に色々ありますから……」
 
そして、やや厳しめの顔で「しかし、大人としてこれだけは守ってください」と言った。
 
・遅刻・早退は結構だが必ず申告すること。
 
・授業の中抜け-1、2時限目出席、3時限目はサボって、4時限目は出席する-はダメ。それなら潔く2時限まで出て早退するか、きちんと出ること。
 
・1科目で欠席が許されるのは1/3まで。もし欠席が1/3を超えた場合、卒業の約束はしかねる。
 
先生が私たちに守って欲しいという事は、この3つだった。
通っていた高校は最低限の校則はあったものの、基本的には生徒の自主性に任せられていた。しかし、いきなりの「大人として扱う宣言」にみんな一瞬ぽかーんとした後、ザワザワし、「まじー? ラッキー」という声が教室のあちこちから聞こえてきた。
私たちのクラスだけのルールだったため、「森田ルール」と呼ばれていた。
 
予備校の人気講師の授業を前の方で聞きたいときには、早くから並ばなくてはならず、職員室に行って「先生、午後からお腹が痛くなる予定なので早退します」という謎の予告をしても先生は「はい、わかりましたよ」と言うだけだった。
息抜きと称し、友達と渋谷にも遊びに行った。渋谷は肌に合わず1回でやめたが、多摩川の土手で昼寝をしたり、鎌倉や江の島の砂浜に座って夕日が落ちるまでお喋りしたりした。もちろん欠席の数は生徒手帳に記録しておき、相違がないか確認もした。ただ実際、いざ使おうとすると、サボりすぎて定期テストで赤点を取っては元も子もないし、先生のところに行って面と向かって「遅刻しました」「帰ります」もそうそう言えないこともわかった。うまく使いこなすのは思った以上に難しいが、面白い経験をさせてもらった、と思っていた。
 
しかし社会人になると、自分の意志とは裏腹にどうしても会社に辿り着けない-遅刻してしまう-場面に時々遭遇する。それは電車遅延である。
人身事故、信号故障、架線故障、停電など理由は様々だが、時に私たちを苦しめる。
電車通勤している人あるある、だろう。
 
ある日の朝、乗っていた電車が突然、急停車した。どこかで人身事故が起きたらしい。復旧の見込みが立たず振替輸送をするので、一番近い駅まで歩いてくださいというアナウンスが流れ、乗客はみな能面のように無表情で電車を降りた。私もなすがまま、前の人が歩く方向にただ足を進め、違う路線の駅までぞろぞろと歩いた。しかしその駅でも人が溢れてホームに入るまでも時間がかかり、結局会社まで片道4時間かかった。
 
そして次の日も電車が遅延して1時間以上遅刻した。会社はいい意味で社員を信用してくれており、遅延証明書を提出しなくても、メールで連絡をして、勤怠システムに「電車遅延」と入れ上長が承認すれば遅刻にはならなかった。誰もが状況を理解していて、わたしを責める人は誰もいない。むしろ「電車、2日連続で災難だったね。疲れただろうからゆっくりして」と上司も仲間も労ってくれた。問題はそういうことではなく、朝からやろうと計画していたことがダメになったことに、自分自身に対して焦り、苛立っていた。呼吸が浅くなり、体には蕁麻疹が広がっていた。
 
そして3日目。今日こそは始業時間までに会社に着けるだろうと思っていたが、何の因果だろうか、架線故障で電車が止まっていた。3日連続ともなると心が折れかけたが、なんとか最短で行く方法を考えていた。会社に着いたらあれもこれもやらなくては。息が苦しい。蕁麻疹は昨日よりもさらに酷くなっていた。
 
そのときだった。
「森田ルール」のことを急に思い出したのだ。
あのとき先生何て言ってたんだっけ。「大人になると本当に色々ありますから……」のあと、言っていたことがあったのだ。……ああ、そうだ。
 
「大人になると、やらなければならないことに縛られますが、時には緩めてもいい場面もあります。それを自分で判断できる人間になってください」
 
と先生は言っていたのだった。
 
「緩めてもいい場面ね」
私はそう心の中でつぶやきながらも、人の流れに乗って振替輸送の券をもらい、違う路線の改札口へ向かった。同じように足止めをくらった人がぞろぞろと、吸い込まれていく。2番線ホームは上り電車を待つ人で階段まで人で溢れかえっていた。この調子ではいつ電車に乗れるのかわからない。
 
何本も乗れない電車を見送って、ドアから人がはみ出しているところに無理やり体をねじ込んで、1分1秒でも早く会社に行こうとする人がほとんどだろう。私もそうだ。
けれど長い会社人生、半日休んでも支障はないはずだ。張りつめて過ぎてその糸が切れないよう、その糸を「緩める」ことがあってもいいのではないか。
先生が言っていた「適度に緩める」こと、それを判断できる人になりなさい、っていうのはこういうことだったのだろう。あの時先生が言った3つの約束は、社会生活において、ごく当たり前のことだったのだ。
 
自分でどうにかできないことにイライラして、ヤキモキしても、なにも変わらないのだ。
それならいっそのこと自分が変わればいい。
 
事実は一つだけれど、物事の捉え方は十人十色である。
私を責めていたのは上司でも同僚でもない、私自身だったのだ。
 
わたしは踵を返し、1番線ホームに向かった。
 
「1番線ご注意ください。快特三崎口行き電車が参ります」というアナウンスとともに、赤い電車が目の前に滑り込んできた。
 
久しぶりに海を見に行こう。
晴れているから房総半島まで見渡せるかもしれない。
さすがに三崎のマグロを食べる時間は……ないか。
仕事のことは午後のわたしに任せればいい。
「午後から出社します」と会社にメールをして、下り電車のシートに腰を沈めた。
相変わらず蕁麻疹は痒かったが、少し痒みが和らいだ気がした。
そして窓を開けて、大きく深呼吸をした。
 
 
 
 
***
 
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2021-04-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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