あなたの世界を「言葉」が広げる
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:岡 幸子(ライティング・ゼミ超通信コース)
この一年、コロナ禍で大学の授業のオンライン化が急速に進んだ。
先日は、夜中に話し声が聞こえると思ったら、娘がリビングでオンデマンド講義を受けていた。
ちょうど、聞こえてきた内容に、「えっ?」と思った。
パソコンの画面には、三ツ口コンセントや、岩石の凹凸が「顔」に見える写真が提示されていた。
「本当は意味のない線や点が、顔に見える話? 『パレイドリア』っていうの?」
「顔だけじゃないよ。雲の形が動物に見えたり、空耳もそう。関係ないものに何らかの意味を見出してしまう心理現象のことだよ」
「面白いね、知らなかった」
月にウサギの影をみたり、魚の背中に人の顔を見たり。
昔から多くの人が関係ないものに意味のある形を見出してきた。その現象に、心理学の専門用語がついていたなんて。
しかも横文字だから、世界的に通用する言葉なのだろう。
心理学科に通う娘の授業をたまたま小耳にはさまなければ、一生知らずにいた言葉だったかも知れない。
もちろん、『パレイドリア』という言葉を知らなくても何も困らない。ただ、その言葉によって、漠然と知っていただけの現象が、急にくっきりと浮かび上がったようだった。
そういえば、
昔、似たようなことがあった。
私が20代だった頃。まだ『セクハラ』という言葉が一般的ではなかった時代。
当時の女性は、25歳になるとクリスマスケーキと呼ばれたものだった。
12月26日になると商品価値がなくなるクリスマスケーキになぞらえ、26歳以上は「売れ残り」と言われた。今では考えられないような失礼な物言いだが、当時は自虐的に「売れ残っちゃいました〜」などと平気で言っていた。
ある日、私の留守中に職場の上司から家に電話があり、母が対応した。
当時は、どこの家も玄関先に固定電話が一台しかないのが普通だった。
「お世話になっています」と社交辞令を伝えた母に、上司が言ったらしい。
「お嬢さん、あと2年で30歳ですね。ご結婚はお考えですよね」
「はい。良い人がいればいいんですけど。30歳までには結婚して欲しいと思っています」
「そうですよね。女性はやはり30歳までには結婚しないといけません。よろしければ、どなたか紹介しましょう」
上司が実家に電話をかけて、母親と娘の結婚談義をするなんて!
余計なお世話だ。
今の世ではまずありえない。
でも、30年前には特段、驚くべきことでもなかったのだ。
私は「お節介な上司」程度にしか思わなかった。
母は「とても親切な上司」と評価した。
昔なら。
職場に20代後半の独身女性がいたら、
「彼氏いないの?」
「早く結婚しなよ」
と当たり前のように言われた。
結婚したら、「お子さんはまだ?」と聞かれる。
子供を産んでも少したつと、「一人じゃ可哀そうよ。二人目は?」と声をかけられる。
男女を問わず職場の上司がこんなことを言おうものなら、今なら全部ハラスメント、つまり嫌がらせ行為として苦情処理されるだろう。訴えられたら、上司はきっと処分される。
でも、昔はこんなのが、挨拶代わりの日常会話だった。
『セクハラ(セクシャル・ハラスメント)』
『マタハラ(マタニティー・ハラスメント)』
これらの言葉が広まって、ようやくその行為が『嫌がらせ』として認識されるようになったのだ。認識されても、最初のうちは、昔ながらの考え方はなかなか払拭されなかった。セクハラをした側にその自覚が全然なくて、訴えられても、何がいけなかったのか途方に暮れているように見えることも多かった。
言葉は、額縁のように物事をくっきり際立たせてくれる。
新しい言葉を知ることで、漠然と背景に溶けてしまっていた物事が、他と切り離されてはっきり見えるようになる。
『セクハラ』という言葉を知って初めて、「ああ、あれはセクハラだった」と気がつくことができた。言葉がなければ、きっと、もやもやしているだけで気づけなかっただろう。
春の七草も、一つ一つの草の名前を知らなかったらどうだろう。
全部「雑草」で片づけられてしまう。何とも味気ない。
動植物の名前も、知った途端に、よりくっきりとその生物が浮き上がってくる。
一万年前の人類よりも今の私たちの方が、はるかに多くの言葉を駆使して生活しているはずだ。その分、たくさんの現象について、理解を深めているに違いない。人類は多くの言葉を知って、自分たちが理解できる世界を広げてきたのだろう。
言葉の額縁をたくさん持つことで、より広い視野を得ることができる。
新しい言葉に概念をのせて、より良い社会を作ろうとしている。
ここ数年、『ダイバーシティ』という言葉をよく聞くようになった。
『多様性』という意味だが、生物全般の多様性ではなく、性別、年齢、国籍、宗教、職業など、人間の多様性を強調したいときに使われている。
世の中、いろいろな人がいて当たり前。
多様性を尊重することが力になる。
セクハラと同じように、ダイバーシティという言葉が額縁になって、新しいメッセージが広がっている。
「言葉」を使って世界を広げていけるのは、人類だけの特権だ。
言葉の額縁が増えるほど、多くのことをすっきり見通せるようになるだろう。
知らない言葉との出会いは、世界を広げる絶好のチャンスになる。
出会うのは簡単だ。
書店や図書館という言葉との出会い系サークルが待っている。
人類の特権を享受しよう。
***
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