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息子と槍ヶ岳に登ってわかったこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:晴(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
飛び石連休の初日は、あいにくの雨模様だった。10メートルほど先を行く息子の赤いレインウェアも、霧の中にかすんで見える。私たちは、奥秩父の深い山の中にいた。二人きりの静かな山行になった。
 
3年ほど前、息子を山に誘ったのは、私だ。
当時、彼は大学院の修士課程修了を目前にしながら研究室にも行かず、一人暮らしのワンルームにこもって、毎日何時間もゲームをやり続けていた。進路に迷っていたのだ。人生に行き詰まっていたと言ってもいいと思う。
一人暮らしの息子の生活の変化に気が付いたのは、彼が配信していたYouTubeを見たからだ。彼は、自分がやっているゲームを、誰に見られることもないYouTubeチャンネルで何時間も何時間も配信し続けていた。
私は、そんな息子に「なぜ、研究室に行かないのか」と詰問した。
息子は、「音楽をやりたい」と答えた。
 
息子には、軽度の発達障害があり、幼稚園のころ音楽療法を受けていた。音楽療法の先生に本格的に音楽を習うよう勧められ、「マリンバ」を始めた。「マリンバ」とは、「木琴」の大きい版のことだ。更には「ピアノ」、「聴音」にも取り組み、音楽大学への進学を視野に入れていた時期もあった。
だが、学年が進むにつれて、彼には勉強にも適性があることがわかってきた。特に理系分野の能力は秀でていた。そのため、中学2年生で音楽系の習い事をやめ、勉強にシフトした。
私がシフトさせたのだ。音楽より勉強を活かすほうが、彼のこの先の人生の選択肢が増え安定すると考えたからだ。息子は、特に意義を唱えることなく高校、大学へと進学し、学校では軽音楽のサークルに入り、ドラムをたたき、大好きな音楽を楽しんでいた。私はそれでいいと思っていたし、本人もそう思っていると思い込んでいた。
彼が幼い頃、友達や先生とのコミュニケーションに苦労する姿を見てきたので、民間企業に就職するよりも、大学という組織に守られて得意な分野の研究を続ける方が、息子には向いていると私は感じていた。だから、このまま博士課程にすすんで、大学に残ってくれればいいなと望んでいたし、何となくその方向に行きそうだと肩の荷を下ろしかけた時のことだった。
 
そこで私は、一計を案じ、彼を物理的にゲームやSNSから引き離し、研究室に戻るよう説得するために山へ誘った。
私が選んだのは、北アルプスの主峰「槍ヶ岳」、あえて「山小屋泊まり」ではなくテントを担いで行く2泊3日の大縦走にした。人生の厳しさを教えるつもりでいたのだ。山に登る人でなくとも想像はつくと思うのだが、「山小屋泊まり」と「テント泊」では、荷物の量が大きく異なる。テント、マット、シュラフ(寝袋)、バーナー、ガス、コッヘル(小さな鍋兼食器になるもの)、人数分の食料、「テント泊」ではこれらの荷物が追加になる。
東京の竹橋を深夜に出発した登山バスは、早朝5時半に上高地に到着する。夏とはいえ、肌寒い中、服と靴を整え槍ヶ岳に向かって出発した。上高地から横尾までの3時間は、梓川の清流に沿ったハイキングコースで、アップダウンはほぼない。横尾から、槍沢のルートを取ると、少しずつ高度を上げていく。息子は、登山のずぶの素人、私は10年以上のベテランで槍ヶ岳登頂も今回3度目だった。私は、テントなどの二人の共通の装備を率先して担ぎ、自信にあふれて登り始めた。
ところが、1日目の行程の半分ほどに差し掛かったところで、私の足がだんだんと上がらなくなってきた。重い荷物が肩に食い込み、筋肉を疲れさせ体力を奪っていく。対して、息子は涼しい顔をして先を行く。引きこもってゲームばかりしていても、25歳の若者に体力でかなうわけがないとだんだん悟った。
「ちょっと、これ持ってくれへん?」テントやコッヘル、食料など二人で使うものを次々と息子に手渡し、身軽になった。それでも、予定していた槍ヶ岳直下の小屋にはたどり着けず、その下の殺生ヒュッテのテント場に着いたのは16時前で、山では、かなり遅い時刻だった。
当初、満天の星空と槍ヶ岳を仰ぎながら、人生について語り合う(説教を垂れる)腹づもりをしていたが、重い足を引きずりながら、テントを張り、ご飯を作って食べ、マットを敷きシュラフに潜り込んだ途端に意識がなくなった。人生は思い通りにいかないものだ。
さらに、翌日目が覚めたら、午前7時を回っていた。山は早立ちと決まっている。3時頃から起きだして、4時、5時には出発。次の目的地に14時か15時までには到着するのが基本なのだ。本当に、人生は山あり谷あり。思い通りどころか予期せぬことが次々と起こる。
 
結局、時間的にも体力的にも息子と話し合う余裕が持てないまま、槍ヶ岳~大天井岳~燕岳と縦走し、山を降りた。
松本駅から乗り込んだ特急あずさの中で、息子がぽつりぽつりと話し出した。
「軽音楽のサークルの同期から、紹介してもらってプログラミングの仕事をやろうと思っていること」、「ドラムを、プロから習いなおしたいこと」、「副業でドラム講師をやろうと思っていること」、「YouTubeでドラムの動画を配信し、たくさんリクエストをいただいていること」、「リクエストは、たまに海外からもくること」。
私は、あと半年後に迫った修士課程は卒業するよう言い添えて、「自分のやりたいことに挑戦したらいいと思う」と返答した。
 
コミュニケーションが苦手だと思っていた息子は、音楽を通して人と交流し、友達を作り、人を信用し、人から信頼される人間関係をつくっていた。いつの間にか、人の荷物を持つことができるまでに成長していたのだ。
それで、私はようやく気が付いた。
私の「思い込み」が彼の人生を狭めようとし、私の「思い入れ」が彼の可能性を限定しようとしていたこと。結局は、私が彼の価値や可能性を信じ切っていなかったということ。
 
現在も私たちは、ごくたまに一緒に山に登る。
雨の中を二人きりで歩くこともある。
山では少し饒舌になる息子の話に耳を傾ける。
本当に大きくなった。
 
 
 
 
***

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2021-05-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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