メディアグランプリ

好奇心が招く、婚約者と痴話喧嘩


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記事:かりんとう(ライティングゼミ日曜コース)
 
 
一体どうしてこんなことになってしまったのか……
 
食堂に響く女の子の怒鳴り声。
 
異国の地の名前も知らない村で、分からない言葉で痴話喧嘩するカップルにはさまれ、なす術もなくそこにいたのは私。
 
後悔先に立たずとはこのことだ。
 
なんて考えながら、ただただ時が過ぎるのを待っていた。
 
*   *  *
 
その頃私はインドネシアのバリ島に住んでいた。
めくるめく原色の世界、きらびやかな寺院。
そんな異文化にどっぷりと浸かりたくて、大学卒業後に移住したのだ。
 
観光客向けのショップで働いて、夜や休みの日は友人達と遊ぶ、気ままな暮らし。
 
遊ぶと言っても、ここはバリ島の片田舎。娯楽があるわけでもなく、集まってテイクアウトのごはんを食べたり、ギターを弾ける子がいればみんなで歌ったり。平和で素朴な日々を送っていた。
 
そんなある日のこと。友人達に交じって背の高いイケメンがやってきた。デンパサールというバリ島随一の都会に住み、軍関係の施設で働いているのだという。エリートのお金持ちらしく、友人達からも一目置かれている様子。田舎に都会の風が吹く。彼こそが冒頭の事件の主人公、アグンである。
 
ただ、わざわざ日本から田舎暮らしをしに来ている私にとって、エリートとかお金持ちとかはどうでもいいこと。憧れるのは、お腹を壊したときにはどの草を食べるといいか知っていたり、丸太から仏像を彫り出す木彫りの技術を持っていたりする人。
 
そんなことはつゆ知らず、自分のエリートな働きっぷりについてなぜか私に熱く語るアグン。仕事は何時からで部下が何人いて、今こんなプロジェクトをしている、などなど。
どうでもいい話を小一時間ほど一方的に語り尽くし、一息ついたあと、真面目な顔で、エリート・アグンは忘れられない一言を言い放つ!
 
「僕の英語が理解できるだなんて、キミ、やるじゃないか!」
 
はあー!?
何様ですかー!?
正直いうと、言ってることがよく分からなくても、聞き返すとめんどくさそうだったから「Uh-huh.(あーはん)」と適当にあいづち打ってただけだった。あーはん。
 
しかし、上から目線のエリート・アグンはご満悦。
 
後からよく考えてみると、どうやらこのとき私はエリート・アグンのオーディションに受かったようだ。そもそも応募してないけど!
 
その後も、友人数名と一緒にアグンもたまにうちに来て遊んでいた。
そんなある日、アグンからこんな相談を受ける。
 
「僕は地元に彼女がいるんだけど、もう別れたいなーと思ってるんだ。
でも彼女になんて言ったらうまく別れられるかなと考えてて」
 
あーはん。
 
「彼女は実家の食堂を手伝ってるんだよね。
そこでお願いがあって……」
 
あーはん。
 
「明日、僕と一緒にその食堂に行ってくれないかな。
僕の婚約者のふりをして」
 
あーは、ん!?
婚約者のふり?
 
「食堂で仲良さそうに話をしてくれれば、それでいいから。
地元の人達は、誰も英語は理解できないからね。
僕が日本人を連れて来たら、彼女も諦めてくれるよ」
 
どこの国でも外国人は威力がある。
面倒な別れ話を外国人という必殺技を出してサラッと済まそうと考えるあたりが、エリートぽい発想だ。まあいいや。婚約者のふりするなんて、面白そうやし!
 
そう、私は異文化を楽しみにこのバリ島へ移住してるくらい、好奇心が旺盛なのだ。
こんな機会を逃す手はない!
そう思って、申し出にOKを出したのだった。
 
さて、翌日。作戦決行の日。夜7時に150ccのバイクに乗ってアグンはやって来た。後ろにまたがる。3つ隣の村へ行くのだそう。知らない村の食堂へ、夜の田舎道を走る。
 
20分ほどして着いた食堂は、バリ島によくある昔ながらの雑然としたところ。客席は10席ほど。お客さんはいなかった。
カウンター席に2人で座ると、物陰から女の子が顔を出した。大柄で目鼻立ちがはっきりとした子。
 
「彼女だよ」とエリート・アグン。
「普通に話してたらいいからね」
「外国人だからびっくりしてるよ」
「婚約者っぽく、しててね」
いつもの熱いマシンガントークとは違ってぽつりぽつりしか話さない。意外と小心者。
 
 
女の子は不機嫌そうにこちらをチラチラ見ている。
 
こんなことするんじゃなくて、きちんと別れ話した方がいいんじゃないかな、と今更ながら好奇心に負けて付いてきたことを後悔しかけたそのとき!
 
「何しに来たの? 英語なら、私も話せるんだけど」
 
彼女が流暢な英語でアグンに話しかけてきた!
誰だ、田舎の人は英語は話せない、なんて言っていたのは!
そのときの、目をまん丸にしたアグンの顔は今でも忘れられない。
 
それから、冒頭の痴話喧嘩の場面が幕を開ける。
女の子がすごい剣幕でバリ語でアグンにまくし立てる。
わたしはバリ語は分からないけれど、「何やってるの! 見え透いたお芝居してバカじゃないの!」とかなんとか、きっとそんな話。
 
アグンはというと、「いや待って、違うんだ」といった風で彼女をなだめようと必死だ。
そんな喧嘩の真っ只中で、わたしは地蔵のように固まるしかなかった。
 
さんざん怒られて、許しを得たようで帰路に着く。「こんな遠くまで来てもらってごめんね」と言ったきり、アグンは無言。
 
醜態を晒したのがよほど恥ずかしかったのか、この日を最後にアグンが遊びに来ることはなかった。その後、風のうわさで食堂の女の子と結婚したと聞き、男と女は分からんもんやなとしみじみ思う。
 
好奇心のせいで後悔したけれど、本当に結婚したのなら、あの婚約者役のおかげかも。 そしてまた、好奇心いっぱいにあちこち首を突っ込んでみるのだった。
 
 
 
 
***

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2021-05-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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