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忘れ得ぬ人


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岩本義信(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
今年で人生50年目を迎える。人生半世紀も生きていると、生まれてからこのかた、両親、親族、先生、友人、職場の上司や同僚、クライアント等々数え切れないほど多くの人々と出逢い、共に学び、働き、遊び、あるいは教えを乞うてきた。その中でも特に忘れられない人がいる。そんな人をここでは「忘れ得ぬ人」と呼ぶこととする。忘れ得ぬ人の存在は自分に限らず、誰にでも一人か二人はいるのではないだろうか。忘れ得ぬ人は、現在も接点がある場合もあれば、最後に会ってから数十年経ちそれっきりという場合もある。しかし、最後に会ってからどんなに月日が経とうとも、忘れ得ぬ人と一緒に過ごした光景、その人が発した言葉、見せた表情は昨日のことのようにありありと鮮明に思い出すことができる。
 
自分には何人かの忘れ得ぬ人がいるが、今日はその中の一人について触れることにする。
 
その人と出会ったのは中学生の時のこと。当時、私は地元の公立中学校に通っていた。地元は九州にある炭鉱で栄えた街で、校区には昭和20年代に建てられた古い木造長屋の炭鉱住宅がひしめきあうように軒を並べていた。自分の故郷であり、戦後日本の産業発展をエネルギー供給の面から支えてきた誇るべき町ではあるが、労働者の街であり、品のいい街とは対極にあるような土地柄だった。
 
また、当時は校内暴力が全国的な問題になっていて、教師への暴力、構内での喫煙、パンチパーマに剃り込み等、中学校は荒れており、自分の通う中学校はその最右翼にあった学校だった。小学校を卒業し一緒に中学校に進む友達同士で「学校で上級生とすれ違ったら必ず挨拶せんとボコボコにされるらしいよ」と戦々恐々としながら、中学校に入学した。入学後は怖い上級生を常に気にして、校内では挨拶を欠かさないようにしていた。その頃の挨拶は自分にとっては身の安全を守るための手段であり、笑顔で挨拶なんていう発想は微塵もなかった。
 
なんとか上級生から目を付けられず、好きな勉強に励んで迎えた中学2年生のある日のこと。放課後、下足箱から靴を取り出して、下校しようとしていた自分に、不良グループにいた同級生の弟で1年生のA君(名前は本当に失念してしまった)が、
 
「先輩、失礼します!」
 
と屈託のない明るい笑顔で挨拶をしてくれた。無邪気という言葉があるが、本当に邪気のない気持ちのいい笑顔だった。元々生真面目な性格で、歯を見せずに真面目にするのが挨拶だと思い込んでいた自分にとって、その時の彼の表情と声は未だ経験したことのない新鮮さで自分の心の中に入り込んできた。
 
私は友達だったA君の兄と遊ぶためにA君の家を何度も訪れていた。自分の家も裕福とは無縁の家庭だったが、A君の家はバラックのような小さくて古い木造の家で、当時中学生の自分が見ても明らかに貧しい家庭だと思えた。A君は学校の成績は常に下の方で、兄の影響からか2年生からは不良グループのメンバーに加わり、どんどん荒れていった。A君とはその日以降あまり話をした記憶が無く、卒業してから35年が経つが、その後一度も会っていないし、今何をしているか消息も知らない。
 
人間の人となりに、家の貧富や頭の良し悪しは関係ないし、こんな言い方は不遜極まりないこともわかっているが、恵まれているとは言えない家庭環境にあり、成績も良くないA君のあの日の挨拶に私は完全に打ち負かされ、そして目を覚まさせられた。その時の光景は、今でもふと思い出すことがある。思い出は美化されるとよく言われるが、その時のA君の姿はまるで後光が差したかのように光輝いて私の脳裏に蘇ってくる。
 
それからの私は、笑顔で挨拶するようになった。それは今でも続いている。決して意識してやっているわけではないが、無意識にそうしているらしい。というのも、大学生の頃、後輩から「先輩はいつも笑顔で挨拶されて、いいですよね」と言われ、驚いたことがあった。恐らく、あの日のA君の挨拶に出逢ってなければ、生来、生真面目な性格の自分は、挨拶はちゃんとしなければと考え、真面目くさった固い挨拶を今でもし続けているに違いない。50歳になった今、勤め先以外にも多くの素晴らしい仲間とのご縁をいただいているが、これも笑顔の挨拶が大きな役目を果たしてくれているのではないかと自分なりに想像している。
 
A君は、笑顔で挨拶することが大切なんだよと私に教えようとは全く思っていなかったはず。けれども、その時のA君の挨拶は私の人生を大きく変えたことは事実であり、私はA君には感謝しても感謝しきれない恩義を感じている。しかし、もし今A君にそのお礼の気持ちを伝えたとしても、きっとA君はそのことは記憶になく、「何のことでしょうか。そもそもどちら様ですか?」と言われるのがオチだろう。
 
その恩義を最早A君に返せない今、この恩義をどうするか。
それは自分がもらった良きものを日々の自分の言葉や行動で実践し、その結果として自分の周りの誰かがそこに何かを感じてくれることしかないと思っている。
あの日のA君のように自分はなっているか、と自問自答しながら。

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2018-06-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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