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メディアグランプリ

彼女が最期に私にくれたもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉野樹理(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
死を間近に迎えているノブさんに私ができることって何だろう?
無力な私は必死に考えていた。
薬の影響で1日中ウトウトしている。話すのも、目を開けるのもしんどい。体を少し動かすだけでも痛みが生じる。マッサージも苦痛なようだ。何かしたいけれど何もできない。
「どうしよう、私に、何ができる?」
 
ノブさんの第一印象は「お上品だけど天真爛漫なおばあ様」だった。
リハビリを生業とする私は医者の指示で、ノブさんの家に伺った。初めて会うノブさんは、90歳近いとは思えない若々しさで、しっかりお化粧をして、毛玉やシミひとつない上質な洋服を着てにこやかに迎えてくれた。ただ、ガンが再発してしまい、抗がん剤の副作用で両足ともパンパンにむくんでいるので、歩きにくくなっていた。それでも、食欲旺盛で良く笑い、とっても元気だった。
 
ノブさんは、いつもおいしいお茶とおやつを用意してくれていて、リハビリの後のティータイムが恒例になっていた。「おいしい紅茶をもらったよ。淹れ方に工夫があるのだけどね」「果物が届いたよ」「今日はゼリーだよ」「もっと飲んで、飲んで」「これ、持って行きなさいよ」いつもお腹がタポタポになるくらい勧めてくれた。
若い頃の話、家族の話、孫の話、飼っていた犬の話、旅行に言った話、恋愛話、仕事の話……ついつい長居してしまって、慌てて帰るのがいつものことだった。
 
ノブさんは足湯を日課にしていた。足湯はお風呂場でするらしく、「そこで歌を歌うのよ。風呂場で隠れて歌うの。人前では恥ずかしいから歌わない」と笑った。歌いやすい唱歌を中心に。歌謡曲や演歌は歌わない。でも「千の風になって」は大好き。難しくて歌えないけど。そんなことを話していた。
 
穏やかな日が続いていたが、その日は突然やって来た。一番寒さが厳しい2月。足のむくみが急にひどくなっていたのに加えて心臓の病気を発症してしまい、ベッドで寝たきりとなってしまった。ガンが肥大していて、内臓破裂を引き起こす可能性もあり、家族には余命1ヶ月と宣告された。
ベッドで寝たきり、鼻には酸素のカニューレ、パジャマ姿で、寝癖がついてボサボサの髪となったノブさん。完全に病人の姿になったが、それでも私を見ると笑ってくれた。自宅療養となり、調子をみながら車いすに乗ったり、ベッドで座る練習をした。でも、すぐにそれもできなくなり、ついには食事が喉を通らなくなってしまった。その頃はもう声に力が入らず、喋ると苦しそうだった。全身がだるそうで、世間話をするにも気が引けた。痛みが強いから触れることもあまりできない。
そんなノブさんを目の前にして、何もできない無力な私。
 
でも、無力だけど、1年という時間を一緒に過ごした私は彼女に歌を歌うことにした。もしかしたらそんなの迷惑かもしれない。ギターもピアノも弾けない。でも、歌が好きなノブさんの耳にノブさんお気に入りの歌が届けば、気が紛れ少しでも楽になるかもしれない。あまり上手くないけど、心をこめて歌おう! そう思った。ノブさんの好きな「ふるさと」「赤とんぼ」「千の風になって」の3曲を選んだ。
 
次の日、目をつぶっているノブさんに話しかけた。
「ノブさん」
ノブさんはゆっくり目を開けて、私をチラッと見た。
「ノブさん、あのね。気が紛れるかなと思って、ノブさんの好きな歌を歌おうと思うのだけど、いい? もし、良かったら、一緒に歌ってね」
ノブさんはゆっくりうなずいた。
1曲目は「ふるさと」。私は息を吸って歌い始めた。ちょっと緊張した。2題目になったとき、ノブさんの口が動いた。か細い声で一緒に歌ってくれているのだ! 私は人前では歌わないと言っていた言葉を思い出して、ちょっと泣きそうになりながら、そのまま歌い続けた。2曲目の「赤とんぼ」は最初から一緒に歌ってくれた。3曲目の「千の風になって」はノブさんの心情そのものだったかもしれない。死に行く人に歌う歌ではないのかもしれないと不安だったが、ノブさんの目には力が宿り、いつもの数倍大きい声で全部一緒に歌ってくれた。エネルギーに満ちたノブさんを感じた。何度も、泣きそうになって声が震えたがノブさんのエネルギーに助けられてなんとか歌いきることができた。
「いい歌ねえ」とノブさんは言った。
 
一緒に歌ったのは、それが最初で最後だった。
 
ノブさんのご遺体に会いに行くと、娘さんが笑顔で迎えてくれた。「昨日ね、夢にお母さんが出てきたの。亡くなった時間と一緒くらいに。お母さん、何も言わなかったけどお別れを言いにきたのだろうね」気丈に振る舞っていた娘さんはこらえきれずに涙を流した。
ノブさんは千の風になれたのかな、と娘さんをみながら私は思っていた。
 
人生の最期はキラっと輝く波間のようだ。それは一瞬であるが故に美しいし、心に残る。最期を迎えようとしていたノブさんと一緒に歌ったあの時間、私はノブさん命の輝きをみた。病床で生き生きと歌っていた彼女の姿を私は一生忘れることはないだろう。
 
ノブさん、お疲れ様! 楽しい時間をありがとう! 天国で旦那さんとたくさん話してね!
私は、薄化粧をして、きれいなおかっぱ頭のいつもの洋服に身を包んだノブさんに話しかけた。
気付けば、すっかり芽吹きの季節。春の匂いを含んだ風がノブさんの部屋にそよそよと流れ込んでいた。

 
***

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2018-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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