メディアグランプリ

四十路娘と母の狂想曲


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:イリーナ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「この家をね、秋にも取り壊そうと思うんだけど、いいかな」
北海道で一人暮らしをしている母から、相談の電話がかかってきた。
 
母との電話はたいてい憂鬱だ。
遂にあの犯人が捕まったらしいとか、豪雨被害は温暖化のせいだとか、最初はそんな話から他愛もなく30分くらい過ぎるが、やがて実家の墓じまいの話題になり、最後はお金がないから辛抱しないといけない、あんたは将来大丈夫なのか、となる。四十路過ぎて独り身の生活は厳しいぞと、勝手にプレッシャーをかけられている気分になって、穏やかに過ごしたい休日が急にやるせなくなる。気づいたら、2時間ぐらい経っていて、心も体も疲れている。
 
母の場合、「相談」の体で話しながら、たいていそれはもう確定したことだ。
次に住む場所もないのに、先に家を解体する日を決めてくる母に、「それは順番が違うんじゃない?」とたしなめても、とにかく早く手放したい、の一点張りである。しかし、「私も兄ちゃんも実家に戻ることはないだろうから、好きにしたらいいよ」と言うと、それはそれで不満気だ。
「このままにしておいたら、お母さんが死んだあと、あんたたちが困るんだよ! 手続きがどれだけ大変か、あんたはわからないでしょ! 普通は子どもがやるもんだよ!」
長男を飛び越えて、なぜか私のせいになる。
「お金があったら、いいサービス付き高齢者向け住宅に入れるのに、年金が少ないからお母さんはとても無理だよ」
高度経済成長期を駆け抜けて、元公務員で、今のところしっかり年金を享受している豊かな老人に、こんなこと言われる「年金もらえないかも」世代の私。いや、つまるところ、私がもっと稼いで、少し援助しろよって言いたいのだろう。大丈夫だ。天狼院書店のライティング・ゼミでスキルを磨いて、一流のライターだか、何だかになって、いつか有り余るほど儲けて、365日高級ホテルで過ごせるよ! ……とは、まだ言えていない。
 
母は、今の私の年頃で夫を亡くしている。それ以来、兄と私を一人で育て上げた母を、尊敬しているし、もちろん感謝している。しかし、如何せん、すべてを完璧にやろうとし過ぎるきらいがある。そして、異常な心配性である。いや、おそらく「心配症」という病だと思う。
もうほとんど何もない庭の、薄っすら生え残った草さえ我慢できず、無心にむしり続ける。
冷蔵庫の扉をしっかり閉じるために、何回も叩く(そんなに古くないのに)。
玄関の鍵のかかり具合を、3回は確認する(この癖は、不幸にも私に伝染してしまった)。
はしかが流行していると知ると、今すぐ病院へ行って抗体の有無を確認してこいと、職場の昼食時間にまで電話してくる(その前に、母子手帳を見てくれ)。
五十路になろうとする兄からしばらく連絡がないと、何年も同居している彼女と遂に別れたんじゃないかと、切羽詰まった様子で私に訊ねてくる(知るわけもないし、結婚していないんだから、別れたって自由だ)。
そんな感じだから、私が結婚前提に付き合っていた彼氏を紹介して、その後、あえなく玉砕した時には、娘を差し置いて、一方的に相手を責め、怒り、泣き出す。結果、私の感情は行き場を失い、母親にそんな思いをさせてしまった自分が余計に惨めで、さらに落ち込んでしまうことになる。もう2回もやらかしているので、3回目は絶対に紹介しないと決めている。
 
思えば、母との関係が一番心地良かったのは、私が海外生活をしている時だった。
時差の関係もあり、さすがに頻繁に長電話はかかって来なかったし、テロや殺人が横行しているような国にいたら、結婚や将来の貯蓄より、まずは身の安全の心配だ。その時は、「生きてさえいてくれればいい」という母の想いが、私という存在そのものの価値を感じさせくれ、母にも素直に感謝の気持ちを伝えらえた。
 
しかし、日本に戻り、もう生命の危機はないという生ぬるい安心感が得られると、次は娘が結婚するのか気になる。この子はもう結婚しなさそうだとなると、給料がいくらか、貯金はあるのか、と心配し始める。結局仕事はこのまま変わりそうもない、稼ぎもこれ以上多くは見込めないと推察すると、いよいよ自分の墓やら家の処分を考え始める。
そう、母は、常に何かを心配していたいのだ。きっと、心配することが、彼女に生きるエネルギーと意味を与えているに違いない。心配することがなくなったら、取り立てて趣味もない、仕事もない老人はすぐに呆けてしまうかもしれない。
 
でも、ここまで書いてきて、やっと気づいた。
 
母の心配は異常な病なんかじゃない。どこの家族にもあるような、ありふれた日常だ。
母はちょっと神経質で感情的かもしれないけれど、誰よりも私のことを思っているからこそなのだ。私に子どもがいたら、やはり付き合う相手は気になるし、お金に困っていないだろうか、これからどうするんだろうか、と考えるだろう。墓じまいだって、NHKスペシャルで取り上げられるくらい、ちょっとしたブームになっている。
むしろ、母の存在そのものに価値があること、「生きてさえいてくれればいい」という想いを、私が忘れていたことが問題なのだ。
 
とはいえ、四十路も過ぎた娘のことは、心配じゃなくて、信頼してほしいと願う。でも、それには、まず私自身が自分の未来を信頼することだ。そして、胸を張って、「お母さん、大丈夫だよ」と言えるようになりたい。
 
「電話くれて、ありがとう」
これからは、最後にひとこと伝えよう。

 
 
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2018-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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