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メディアグランプリ

意義という牢獄の外にある青くて澄んだ広い空


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山崎嘉那子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「その出来事は、あなたにとってどのような意義のあることでしたか?」
去年の8月、私は就職活動の真っ最中であり、毎日のように面接を受けていた。
「えっと、そうですね、私はこの出来事のおかげで……」
面接官の前で緊張して言葉を繋ぎながら、私は自分が暗い牢獄の中で鎖につながれている状況を思い浮かべていた。
(ああ、窮屈だなあ……)
面接帰り、結果はどうあれ、少し疲れた体を引きずって私は家まで歩いた。
どうしてこの会社を希望するのか。それは今までの経験をどのように意義づけていて、その経験と、会社をどのように紐付けているからなのか。
就職活動をしていると、面接ではこのようなことをよく聞かれる。だから私は就活中、自分の人生における、色々な出来事の意義に関して、とてもよく考えた。それは自分自身や、その生き方を知る上でとても役に立つことだったと思う。だが、そうやって自分の人生の出来事に意義を見出し、そこから将来の意義ある選択のために会社を選ぶ、そのことに私はどこか不自由さを感じていたのだ。
意義とは、行為・表現・物事の、それが行われ、また、存在するにふさわしい積極的な(すぐれた)価値のことである。
つまり、面接でいうなら「私はこの出来事を通して、人と協力することの大切さを学びました」、「僕はこのことから、何事もあきらめず努力することの大切さを学びました」というようなものだ。面接で評価されるのは、往々にして意義のある出来事であり、いかに出来事を自分の中で意義づけられるか、という学生の力も試されている。
面接のみならず、自分の人生の出来事に意義を見出すことは、もちろん大切だ。人間はある出来事を認識する際に、その出来事を意味づけすることで、よりその出来事の重要性を認識することができ、これからの行動に生かしたり、その出来事から生きる上での重要な価値観を形成することができる。
また、社会では「お前の仕事には意義がない」「意義のある行動をしなさい」などというように、意義があることはポジティブであり、意義のないことは悪いことのように捉えられている。
では、私は人生における出来事の意義を問われた際に、なぜ自分が牢獄の中で鎖につながれているような気がしたのだろう。
それは、意義への反抗であり、意義のないことに対する価値を見出したいという希望であったと思う。
人生における意義のない出来事を飛散したり、それを避けようとすることで自分の可能性を狭めてしまう、そんな気がしたのである。意義という名の牢獄の中に自分が安住している、そのことに違和感を感じたのだ。牢獄の中は安定した環境ではあるかもしれない。でも、私は意義のあることだけをしたかったのだろうか。意義のないことは私にとって本当に害なのだろうか。
人生はいつも自分の思ったようにはいかない。
予想もしない出来事が起こり、うまくいかなくて意義付けが困難な出来事も多く見受けられる。明日大きな怪我で体が自由に動かなくなるかもしれないし、これ以上ないぐらい勉強したのに、大学に合格できないこともあるかもしれない。本気で好きだった男の子に振られてしまうことだってあるし、地震で一瞬にして家族を失うことだってある。その時、人は生きるすべを失ってしまう。
こんな私は生きている意義がないかもしれない。こんな人生に意義なんてない。こんなはずではなかったのに、もっと意義ある人生があったはずなのに。
だが、私たちはそんな現実の中でも、どうにかこうにか生きていかなくてはいけない。また、そんな現実の中でもどうにかこうにか生きていけるのだ。現実は、時に残酷に私たちの前に突如立ちふさがるけれど、今まで自分の中にあった意義を消失した私たちは、新たな意義を求めて歩き出すこともできる。不本意に外れた鎖のために牢獄の外に出て初めて、青くて澄んだ広い空に出会うことも、きっとあるだろう。
何が起こっても、それは私たちの人生なのだ。意義なんてわからない、必然性も、学びも初めは全く分からないかもしれない。
ただ私たちの前に降ってきた出来事を受け入れること。それも人生において大切なのではないだろうか。よく分からないし、特に今後の人生に役立ちそうにもないし、しんどいし、面倒くさい出来事たち。すぐには自分なりの意義を見出すことは難しいかもしれない。それでも「まあ、そんなこともあるのだ」と開き直ってその時その時を生きてみる。そういう生き方もありなのではないか、と私は思うのだ。
意義とはそもそも存在するようで、存在しない。一つの出来事に対する捉え方は、人それぞれで、その出来事をどう意義付けるかは、人によって答えが違うものだ。あなたにとっては意味付け不可能な不幸な出来事でも、電車のとなりに座ったお姉さんにとっては、とてもとても意義のある出来事かもしれない。
そんな意義に、私たちが縛られすぎる必要はないのではないか。自分の人生をよりよくするために、そこに意義を見出していくことはとても大切だ。でも、その意義の鎖で自分を縛る必要はない。意義は自分が生きるために自分で作り変えていけるものだから。
自分の中の意義という狭い牢獄の鎖に縛られるのではなく、たまにはその牢獄の外にある青くて澄んだ広い空を、私は心に大切に持っていたい。

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2018-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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