失敗から取り戻すものとは?
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記事:小川泰央(ライティング・ゼミ平日コース)
「ああああああああっ!」
ぶつかったその瞬間のことは覚えていない。
気づいたら、自分の運転する車が、進行方向とはほぼ反対向きになって歩道に乗り上げていた。
片側二車線の信号のある交差点で、私の運転する車が右折しようとして、対向車線の直進車と衝突事故を起こしてしまったのだ。相手はサラリーマンが運転する営業車だった。
つい先日、免許を取って間もない大学生の息子が、我が家の車を近所のガードレールにぶつけたという話を聞いた。本人には怪我はなかったが左前輪がパンクしたので交換したという。その時ふと、自分が免許取りたての頃に起こした事故のことを思い出したのだった。
あれは遠い昔……そう、確か30年ほど前。私が大学1年生の夏休みに、自宅から遠く離れた東北の自動車学校の合宿免許で免許を取ってから1か月ほどたった頃のことだった。
現場は、自宅から1、2分のところの交差点。運転にも少しずつ慣れ、5歳年下の当時中学生の弟を助手席に乗せ、車で15分くらいの所での用事を済ませた後の帰り道のことだった。
歩道に乗り上げたお互いの車は事故の衝撃の激しさを物語っていたが、幸いにも、相手も私も、そして助手席の弟も無傷だった。当時、エアバッグは今のように標準装備ではなかったため、双方の車にはついていなかったにもかかわらずだ。
警察の現場検証も終わり、保険代理店を通じての保険処理も無事終わった。しばらくして、車も修理から戻り、ようやく日常が戻ってきた。いや、戻ってきたようにみえただけだった。車が戻ってきても、私は再び運転する気持ちにはなれなくなっていた。
「もし、直進車が少しずれて弟の座る助手席の左ドアに突っ込んできていたら……」
「2台が乗り上げた交差点に信号待ちの歩行者がいたら……」
という恐怖感がよぎるからだった。
結局、そのまま、運転することなく1年がたち、大学2年生の夏を迎えた。
そんなある日、私が帰宅すると母方の伯母が来ていた。伯母は私と同い年の息子と下に2人の娘を持つ「肝っ玉母さん」だ。母と何やら話をしていたが、私の顔を見るなり、その伯母が言った。
「これからドライブに行くよ。あなたの運転で」
どうやら母から、事故以来、私が運転できなくなっていることを聞いていたようだった。
「無理だ。1年以上運転していないから」
私は断った。
「だから行くんだよ」
伯母が切り返してくる。伯母は運転の大ベテランで、運転することが日常生活の一部になっていた。そして伯母はこう続けた。
「運転しないからいつまでたっても運転できない。運転すればできるようになる。ただそれだけだ」と。
ここまで言われると、私も行くしかないと腹をくくった。
伯母を助手席に乗せ、車を走らせた。こうして、最終的には、合宿免許で走ったことのないような交通量の多い道路での往復3時間140kmに及ぶロングドライブが始まったのだ。戻ってきたときには、緊張感で背中が汗びっしょりだった。
一方で、これまで抱いていた運転に対する恐怖感が和らいだのを感じた。そして、運転中に様々発生する、合流や車線変更、そして右折等のいろいろな場面を実際に体験することによって、周りの状況もだんだん見えるようになってきたのだ。これは大きな収穫だった。
考えてみると、先日の事故での経済的ダメージは、保険という金銭的な保証ですぐ取り戻すことができたが、運転に対する恐怖感という精神的ダメージは、事故後、残ったままになっていた。
それが今回、自分自身が運転することによってその恐怖感を和らげることができたのだ。さらに、未知の140kmを走り切ったことで、「自信がついた」と感じることができたのも大きかった。一旦、無理だと断ったロングドライブにチャレンジしたことで、失っていた自信を取り戻すことができたのだ。
それは、まるでビジネスの世界でもあるワンシーンのようだ。
仕事で失敗して落ち込んでいる部下に対して、上司が寄り添いながら言う。
「落ち込んでいる暇があったら、仕事のミスは仕事で取り戻せ!」と。
確かに、「仕事の損失は、仕事の利益で取り戻すしかない」というのはその言葉通りだ。しかし、それ以上に、上司は部下に対して、「逃げずに困難にチャレンジすることで失われた自信を取り戻してほしい」という強い願いをその言葉に込めている。そして、その願いに応え、自信を持った部下が見違えるように成長してくのだ。
つまり、失敗から取り戻すものとは、一言でいうと「自信」だと思う。
そして、その「自信」が、成長を促し、さらなる「自信」を生むのだ。
私は、伯母が助手席に寄り添ってくれたことで、自信を取り戻すことができた。そのおかげで、今や運転することが日常生活の一部になった。そして、あの事故から30年余りたつが、あれ以来、無事故、無違反でゴールド免許を継続中だ。
今度は私の番だ。
最近は、先日ガードレールにぶつかってタイヤをパンクさせた息子が運転する車の助手席に座ることが日課となっている。
当時伯母が私にしてくれたように、助手席に寄り添うことで、息子が運転に対する自信を取り戻すきっかけになってくれればと願っているからだ。
しかしそれとは引き換えに、助手席に座る私の背中は緊張感で汗びっしょりだ。あの時の助手席の伯母の心中はいかばかりだったかと思う今日この頃である。
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