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メディアグランプリ

料理と文章の幸福論


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石山 祐己(ライティング・ゼミ朝コース)
 
「鳥はむ」という料理がある。
 
美味しく安全安心で、コストパフォーマンス抜群。文字通り「鶏のハム」のような、滋味あふれる味わいのしっとり鶏肉料理だ。かなり前に某匿名掲示板で話題になったのが発祥とされる。
 
今でこそ我が家で寝ぼけながらでも美味しく作れるこの料理だが、レシピを知った当初はまったく駄目だった。できあがるのはパサパサの、ただの茹で鶏だったのだ。お世辞にもハムとは呼べない代物で、手間がかかる割にいまいちなため、そのうち作るのをやめてしまっていたくらいだ。
 
どうして、うまくできなかったのだろう。
 
「料理はケミストリー」をモットーとする自分に限って、分量をないがしろにするはずはない。手順も漬け込み方も茹で時間も、今よりむしろ気を使っていた。実際そこまで特殊なレシピでもない。それでも失敗続きだった。あらゆる状況、方法、素材からも、過去の自分に「どうやったら成功するのか」をうまく伝えることができない。
 
一つ確実に言えるのは、「何度も繰り返し作ってみること」だ。そのうち上手にできるようになる。ただの精神論か、と思われそうで癪だが、そうとしか言いようがない。
 
とにかくやってみろ。
そのうちできるようになる。
 
気付いたが、これは文章を書くこと、すなわちライティングに通ずるものがある。
 
料理は、食材を調達し、レシピを見ながら、とりあえず何度も作ってみる。そのうち美味くできるようになる。
ライティングは、書く内容を用意し、書き方を考えながら、とりあえず何度も書いてみる。そのうちそれなりに書けるようになる。
 
元々国語が大の苦手、バリバリ理系の自分にとって、作文や感想文というのは地獄の時間だった。どう書けばいいのかわからない。小学校の修学旅行感想文などは、箇条書きで提出した。
 
・まず、上野に行きました。いっぱい人がいました。
・次に、天丼を食べました。美味しかったです。
・夜、旅館に着きました。楽しかったです。
 
先生に怒られたが、これ以上書けません無理ですと反抗し、結局そのまま卒業文集となった。後々しばらく親から情けないと笑われたが、書けなかったのだから仕方ない。
 
文集に書いたそれらは、料理でいうところの「食材」だ。しかし「レシピ」を知らず経験もなかったせいで、単なる箇条書きになってしまった。これでは食材だけテーブルにドンと乗せて「ご自由に!」と言っているようなものだ。
 
料理は繰り返していると、レシピを見ても見なくても、なんとなくで作れるようになってくる。自分はそれを「鳥はむ」で身をもって知った。最初は不味かった。それでも何度も作ってみた。だんだん仕上がりが良くなった。そのうちいつの間にか、安定して美味しいものが作れるようになっていた。
 
ライティングも同じだ。今の自分の文章が「美味しい」かどうかはわからない。ただ、小学生の頃の自分からきっと「別人か」と言われるくらい、長々と書き連ねられるようにはなった。昔の自分に何か伝えられるとしても、「そりゃいろいろたくさん書いてきたからね」としか説明しようがない。
 
料理では普通、食べる人のことを思う。薄めの味付けにしておこう。これくらいなら辛くても大丈夫かな。ちゃんと火を通さなきゃ。そんなことを無意識にでも考えるはずだ。
 
ライティングでも同様に、読む人のことを考える。どんな話題をどう書けば、読んでくれるのか。その文章を読んで、相手は何を受け取るのか。そういった視点が欠けていると、誰にも食べられない、読まれない文章になってしまう。
 
こうしてまとめてみると、似たような見方ができるとは言え、どうもライティングのほうが料理よりハードルが高そうだ。
 
もう少しだけ掘り下げてみよう。
 
料理で、分量や手順が書かれたものが「レシピ」だ。そこには「食べる人のことを考えて、食べられるよう美味しく作りましょう」などということは書かれていない。当たり前だからだ。食べられない料理は、味見すればすぐわかる。
 
一方ライティングでは、書くべき内容と書き方を考えながら、読む相手やその目的も考慮することで、ようやく「レシピ」として成り立つ。
 
さらにやっかいなことに、それが読まれる文章か読まれない文章かは、書いた自分自身ではなかなか判断しにくい。
 
つまり料理に例えるなら、独善的な思い込みが強すぎる激辛料理や、様々な知識と経験を詰め合わせたミックスジュース。過去の恨み節を放り込んだ闇鍋や、はたまた一般論だけの米飯そのまま。そんなものを良かれと思って作り、相手に食べさせようとしている危険性がある。
 
「食べられない料理を作らないようにしましょう」などと書かれた料理レシピは、存在しない。しかしライティングにおけるそのポイントは、十分に注意しなければならない。
 
なかなか一筋縄ではいかない。だがこうして料理と文章を並べて考えることで、意識するべき要点は見えてきたようだ。
 
グロテスクな料理ではなく、味わい深い料理を。さじ加減を考え、相手が喜んでくれる料理を。罰ゲームでもない限り、料理にポジティブは必然なのだ。
 
美味しい料理を作るように、人を前向きにする文章が書けたら、どうなるだろう。
 
そういう気持ちで何かを書く人や、価値ある文章が増えたなら。
人が毎日食べるのと同じくらいに、価値ある文章に触れたなら。
 
人知れず素材のまま眠っている価値が、より広く大きく循環したならば。
 
それで世界は、もっと良くなるのではないか。
 
日々そんなことを思い、食べ、書き続けるのである。
 
***

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2018-07-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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