メディアグランプリ

それは、恋ではない。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岸本高由(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
ダメだ、ドキドキする。
 
映画館に向かう駅からの道は、逆に駅に向かう人々の群れでごった返していたけれど、ぼくはその中を逆走して進む。時間ギリギリなので、少し小走りではあったが、動悸を感じるほど激しく走っているわけではない。なのに、胸がドキドキするのだ。
 
これから見る映画は、わざわざ二番館で見る。封切りはもう去年で、ブルーレイとか配信とかも出てる映画なんだけど、ぼくは映画館の暗闇で、しっかり見たいから時間を作って見にきた。
 
ひと月ぐらい前に、今回とは別の映画を観た。そこにメインではないが出演していたのが彼女だった。広告にも時々出ているようなひとだから、顔も名前も知っていたが、その映画の彼女は、全く違う印象の芝居をした。あるシーンでの彼女の表情が、もう全部こちらを見透かされたような、言葉を越えた慈愛というか、菩薩というか、とても感情が厚い表情で、見た瞬間、ぼくはなぜか泣いていた。
 
ヤバい。これは久々に見つけてしまったかもしれない。
また恋をしてしまったかも。と思った。
 
自分の気持ちが持っていかれすぎると、色々冷静になれなくなってしまうのでヤバい、と思ったし、もしかしたらその表情も、偶然だっただけなのかもしれないから、まだ今は騙されてはいけないと思ったから、もう何本か彼女の出演作を見て判断しよう、と自分に言い聞かせた。
 
そしてひと月後、ぼくは、もう一度彼女に会いに、この映画館にきて、まばらな客席の真ん中に座っている。少し、まだドキドキしている。予告編が流れ、だんだんと上映が近づく。映画なんだから、時間になったら始まるに決まっているのだが、もしかしたらいつまでも始まらないのではないか? 彼女に会えないのではないか? という意味不明な不安に襲われる。
 
「授業が終わったら、あの階段をおりて、この角を曲がって彼女が歩いてくるはずだ」
 
大学時代に好きだったクラスの女の子を、校門横のベンチでずっと待っていたあのときの、不安と期待の入り混じったあの気持ちと、おんなじだ。
 
映画館は、予告篇が終わって、場内の明かりが消え、本篇が始まった。
 
銀色のスクリーンに映し出された光の中に、彼女が、あらわれた。
前の映画とは全く違う役柄の、だけど同じ彼女がそこに居た。前回見た映画は助演だったけど、こちらは主演、しかも全編通して長台詞を喋りっぱなしの出づっぱり。2時間ずっと、目の前の大スクリーンに彼女は居た。彼女がカメラを見るたびに、ぼくは自分に話しかけられているような気になる。2時間は、あっという間に過ぎた。呆然としたぼくの前に、エンドクレジットが流れていく。切なさが半端ない。なんてこった、松岡茉優! 良すぎる!
 
これは、恋だ。またしても、映画女優に恋をしてしまった。
 
高校生の時に、原田知世のファンだった。当時、日本中に大ブームを巻き起こしていた角川映画の一連の青春SF映画のひとつ、『時をかける少女』のマーケティング作戦にまんまとはまり、主演の原田知世の大ファンになった。
大ファンと言っても、角川女優は、テレビに頻繁に出るわけでもないし、今のアイドルみたいにライブ巡業したりしないので、まあ自分の部屋にポスターを貼ったり、特集記事の出ている雑誌を買い集めたり、とかぐらいのものだったが。
 
ぼくは高校生になるまで漫画とかアニメとかばかり見ていたし、生身の女性のポスターなんて部屋には一枚も貼ったことがなかったから、妹に「お兄ちゃん急にどないしたん?」と逆に心配されるぐらいの急展開で、ぼくは原田知世に恋をしていた。その後、何本かの彼女主演の映画が公開されるたび、初日に映画館に足を運び、パンフレットやらポスターやらを買い集めていたものだ。
 
ところが、恋の終わりは突然やってきた。
 
『時かけ』のビデオは、何度も何度もテープが擦り切れるくらい見た。いくつかのセリフを空で言えるようになるくらい、繰り返し見た。そうやって見ていると、原田知世以外の、相手役や脇役、ロケ地の風景など、だんだん周りにも目が行くようになってくる。そのうち、ロケ地の尾道という街に興味が出てきた。大林宣彦監督が、そこの出身だったということもあって、彼の前作『転校生』の舞台も同じく尾道で、『時かけ』にも出ていた尾美としのりが主演だということもわかった。
 
その大林監督が、次回作を撮ったらしい。しかも三度目の尾道で、尾美としのりと。タイトルは『さびしんぼう』、主演女優は富田靖子。ぼくは富田靖子のことを全く知らなかったし、映画のポスターは彼女がピエロの格好とメイクをしてニヤリとしているヘンテコなものだったので、正直「気持ち悪ッ」と思ったのを覚えている。
 
やっぱり自分と同じように知世ファンだった同級生と一緒に、初日に見た。
素晴らしい映画だった。ぼくはそれまで映画を見てあんなに涙が流れたことも無かったし、嬉しいとか、悲しいとか、さびしいとか、恋しいとか、全部の感情がいっぺんに襲ってきて、震えながら涙が流れるという経験を初めてした。ものすごく細いレーザービームで何度も何度も体が頭からお尻まで貫かれるような、エンドレス鳥肌が、映画を観ているあいだじゅう続いた。劇中曲のショパン『別れの曲』が、家に戻ってからも何度も頭の中でリフレインしていた。
 
そして、その日のうちに、部屋の原田知世は全部、変なピエロの格好をした富田靖子のポスターに入れ替わった。新しい恋がはじまった。
 
でも、ぼくは気がついた。本当は原田知世にも富田靖子にも恋をしていたわけではない。ぼくが恋していたのは、彼女たちが映画の中で演じていたキャラクターだった。
ぼくは、アイドルや女優が好きなのではなく、映画が好きなのだと。
 
あれからたくさんの映画を見て、ぼくは、たくさんの恋をした。
そして、『万引き家族』と『勝手にふるえてろ』の松岡茉優に、いや、彼女が演じたキャラクターたちに、今ぼくは恋している。
 
また次に映画館で、彼女の演じる誰かに会いに行くのが楽しみでしかたがない。

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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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